ギョーザ屋さんのカウンターで一人でタバコ吸っているなんて
二十の頃なら考えられない。いい感じでババアになって油乗ってきたなあ
と思いながら使い慣れない灰皿にショートホープを休ませて見ると、
今の自分の姿がいいいものなんだか悪いものなんだか分からなくなってしまった。
当然ながら悲しさは募った。
カウンターの向こうではおカミさんがくるくるくるくると
あっちこっちのテーブルにビール出したりお絞り替えたりしに行きながら
目を見張る手際のよさで私の注文した紫蘇と鶏ミンチのギョーザを包んでいる。
「ちょっと待っててくださいなあ。」
ちっとも枯れていないかわいらしい声音は、じっさいこの界隈ののんだくれのおっさん達のアイドルみたいで、べろべろになっていても素行の悪い客が居ないのは、さすがというべきだろう。
私からは見えないんだけど、おカミさんはいつのまにかギョーザを包み終わってあまつさえ
鉄板に並べてしまったみたいである。じゅわああああっと温かい湯気がもえあがる。
私のこころはかなしみでいっぱいだった。
世の中に誰一人私の味方をするひとがいない。
二十五歳、幸せになれるとばかり思って疑いもせずに結婚したのに、相手の男はちっとも役に立たなかった。
役に立たなかったというのはこの場合、娘を育てるということにおいて。
ここまでパパが出来ないとは思いも拠らなかった。やられたっ といいたいくらい、その人は娘と向き合おうとしなかった。
抱いてあやしたことなど一度も無い。おしめを替えたことも一度も無い。
私一人どんなに忙しくしていてもどんなに疲れていても、泣けばイライラして見せたし
その時間が時間ならば、
あからさますぎやしないかというほど自分が怒りを顕にしていた。泣いてる娘を抱えた私を容赦なく家の外に追い出したことだってある。
こんな奴と子育てなんてやってられっか
と離婚したのが四年前である。私のこころはかなしみでいっぱいだった。
私は一人で娘にごはんを食べさせるのにほとほと疲れ切っていた。
娘はご飯を食べない。
食べないというか、恐ろしいまでに好き嫌いするのである。
朝ごはんの菓子パンとジュースを喜んで食べるくせに、夕飯はがんとして食べない。
何を作ってもどう口に運んでも、私がへとへとになるばかりでいっかな自分から食べようとしないのである。
子どもの健康
食育
どうぞ勝手にやってください、私は誰にキレたらいいのかも分からないので世の中が悪いんだと思うことにした。
だって何つくってやっても食べないんだもん!
毎週土日は田舎から両親が出てくる。どうせ好き勝手なんでも食べさせてもらっているんだろう。
私はやさぐれたこころをひとつを抱えて一人飲み屋街にやってきて、
初めて入るギョーザ屋さんのカウンターで、絶望的なビールなんて呑んでいる。
いっそ両親の里子に出して自分は娘から手を切ってしまおうかとも考える。
彼らに子どもは私一人で、孫は娘一人で、お金や暇ならそれなりにある。
十歳になるくらいまで両方が生きているんならそれ以降の生活はなんとでもなるだろう。
とにかく私にはもう無理だ。こんな日常はもう一秒だって嫌なのだった。
「はい出来ましたよお。」
おカミさんが色はうすいながら見るからにパリパリ焼きの入ったギョーザを出してくれる。
ふあっと紫蘇の、何故か柔らかい匂いがたちこめる。
「あら貴方ずいぶんつかれてらっしゃるじゃないねえ。」
おカミさんが灰皿を替えてくれながら言った。
「え。」
「ほっぺの、この辺がね。」
聞きそびれて顔を上げたら、おカミさんが自分のほお骨のあたりをぴしゃぴしゃしながら言った。
「お肌があれてるわねえ。疲れ溜めてらっしゃるわ。お若いのにごくろうさま。
お子さんはまだお小さいの?」
おカミさんは茹でたてのおいもみたいなほっくりした笑顔でそんな風に訊いてくる。
私は、すっと、
間違って二枚付けていたコンタクトが、上の一枚だけ剥がれたみたいに
目の前が顕かになったのを知った。
わたし、つかれてる。
そんなことは当たり前で、むしろ疲れていない状態のことなんて考えずにすっとやってきた。
でも今この瞬間にその短いひらがなの文章が目の奥にずんずん沁みて来る。
わたしはつかれているんだ。
いつの間にかギョーザの湯気が、そのいくつかのひらがなの形になっていて、
乾いてひりひりする目にあふれあふれしてしょうがなくなるので、
私は混乱と喜びをどうにかするために、あわててコップを持ち上げて
中のビールをみんな飲み干したのだった。