小説「はしのした」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

二十代を通して夜寝ない習慣を体に強いたことは間違いなくアホなことだった。
中学校二年まで何があろうと九時には寝させられるようにしつけられた反動だったろうか。
今三十になったがそのころの不摂生が素晴らしいまでに体に現れている。
悲しくみにくくなった、中年の私。
私は幼児のころから寝つきにくい体質が具現していた。
医学的根拠はない。
が、私は自分が眠りに適していない体なのだとまったくもって確信しているのだ。
脳の小さな神経がメラトニンというのを分泌すると人は眠くなるんだという。
私はきっとそいつが分泌されない体質なのか、先天的に量が少ないのだろう。
医学的根拠はない。
しかし、過去を振り返ってみても「医学」に根拠を求めることにいったいどれほど意味があるだろう?
とにかく二十代を通して私は夜眠らない生活が体に染み付いていた。
二十代を通して私は朝起きなくても構わない生活をしていた。
その境遇は幸運だったのだろうか不幸だったのだろうか。
すくなくとも運が良かったのだとは今は言いたくないな。
私はディスカウント酒屋で買ってきた最下級の焼酎を呑みながら、
当時普及し始めていた動画サイトで、サイレント映画の名シーンだけピックアップしたようなの
とかを延々見てそれで一晩中過ごした。
私は、夜が逃げて朝が幅を利かせ出す瞬間が好きで、
夏ならば早朝四時くらいになると近所の河川敷に散歩に出かけた。これはその頃の私の唯一規則正しく行われた習慣だった。
河川敷を選んだのは、他に特徴がなんにもない下町だったからだ。
河川敷を選んでしまうのは、ものすごくこわいのと、ものっすごくおもしろいのが同時だったからだ。
私は部屋着のままのTシャツと、最低限のマナーとして着替えたGパンで河川敷に散歩に出かける。
こちらの岸から、向こうの岸に、橋が架かっている。
河をとび越えるためのもの。
河を飛越えて為さなければいけない用事があるのだから、これは仕方が無いこと。
土手から橋の下に向かって降りていく道が付いていて、私はいつもそこをずんずんと歩いて行く。
すっぱい水が喉に込み上げてくる。
そこを歩く時はいつもそうなのだ。
びくびくとどきどきが交じり合ってわけのわからない音階で心臓が鳴る。
しかしわくわくではけしてない。
はしのしたには、誰も居なかった。私ははしのしたに誰か居たのを見たことは一度も無い。
でも必ず話し声は聞こえたのだった。
なんていっているのかは分からない。でも誰かがなにか話している。
会話しているのでない。話をしている。おそらくラジオの放送が状態として近い。
そしてはしのしたをくぐるとき、ありもしない「網」が必ずそこにはあった。
「網」は無いのである。でも私は間違いなく、
「網」が見える。
夜と夜が上手くかち合わずに偶然ひずんでしまったところに出来たひび割れみたいな
曖昧な光の網が、透明なのにはっきり見えるそれが、
常にそこにあった。
私は息を止めて、決死のはや歩きで、はしのしたを通り抜ける。
通り抜けるといつも話し声はぷたんと切れて何事もなくなるのだった。
あの声と、あの網の正体は、私の一生を掛けて、なぞ。
私は二十代のほとんど全部を、毎朝こうして散歩して過ごしていた。