小説「壁と厭う心」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

壁というものは自分の心理の中に存在しているものだ。そうでなかったらどこかしらに、
どこだっていい、とにかく自分で見つけるものなのだ。
でも彼はしらない。私もそうだったからきっと今の彼も知らないんだろう。
知らないであくせくしているのは見ていて気の毒なんだけど、こういうこと、今私が言ったって素直に聞くかどうか。
中三受験生の彼は、所詮「せんせい」がでっち上げた「限界」で格闘している。
おかあちゃんも、おばあちゃんになったわけだから。そんなだから言うのでもないんだけど。
たまたま息子がせっせとこなしているテキストの問題を読んで、そのあまりの単純さ、単純なばかりのつまらなさに、自分が学生だった数十年前を思った、思ったからにはとてもとてもむなしくなったのだった。
こんなつまらない問題で何点取れるかで君の人生はどんなにだってかわりゃしないよ。
私は言ってやりたかった。はげしく。
でも今私がそんなこと言ってみてところで素直に聞きやしない。
彼の中には壁があってでんとあって、所詮「せんせい」がそれを決めている。
この偏差値じゃこの高校には入れないよ。
この部活のこのタイムじゃあ内申点はこのくらいしかもらえないよ。
そういう壁と、息子は格闘しているのだ。
多分、息子には「あっちがわ」の景色が見えている。
そして40ちょっとのおかあちゃんには壁の「こっちがわ」がもう見えてしまっているのだ。
もうそれが私を守ってくれないことをずいぶん前に分かっているのだ。
だから本当は、「そんなものはまやかしなんだ。君はもっとひろいところで、足でも肩でもいっそ脳天にでも、羽が湧いて出るように自由にどんなにでもやれるんだ。」と言ってあげたいのだけど。
でも彼は所詮「あっちがわ」にいる。
そして「こっちがわ」にいる私は彼の非常な敵なのである。
敵。
これは決定的だ。そして絶対だ。
おかあちゃんはたいした人物じゃないけど、幸いその辺は良く分かっている。
だから私は厭う、だから。壁を厭うている。
それは、隔てているから。絶対に、決定的に。