伯父さんは
「マスドライバーっていうものを造っているんだよ。」
とちいさいころ何度か説明してくれたんだけど、わたしは7歳とか11歳で、マスドライバーがなんなのか分かっていなかったし、
伯父さんが
「大きな荷物を宇宙まで放り投げるんだよ。」
としごく噛み砕いて教えてくれてもやっぱり分からないし、その後中学生になって自分で調べてみたんだけど、
とうとうよく分からなくて
「ロケットとかリニアカタパルトなんか使って、コンテナを地上から加速してそのまま宇宙にぶっとばす」
という、ことのほか曖昧で適当な理解しかしていない。なにも私に限ったことじゃなくて、家中のみんながその程度の理解しかしていなかった。そうなんだから、伯父さんは孤立して見えた。
私の家はひいひい祖父さんのころからみかん農家をやってそれで生計を立てていた。
祖父は文字通り「実になる」商売にしか敬意を払はなくて、宇宙ステーションとかラグランジュポイントとかそういう、
「目にも見えないし見たところ出わかりゃしない」
ものに精出して時間と労働を使う伯父さんを、嫌っていた。嫌ってたなんて自分の祖父に対して使いたくないんだけど、でもやっぱり、どうしてもそんな感じなのだった。
どういうときかと言うと、盆とか正月とか。家族がみんな集まるときは伯父さんはあからさまに下座に座っていた。
みかん農家と一言で言っても、祖父と父はとにかくいっぱいつくっていっぱい売るのが儲かると考えている古いタイプの農家で、
時勢にしたがって他の作物にもトライしたりとか品種改良とか肥料の研究とか、建設的な努力をしようとしない。
とにかく、やすくつくっていっぱい作っていっぱい売るのが効率がいいと思っていたのだった。それで当然ほかの産地に押されて売り上げが停滞するのだから、ここ何年かはいくら作ってもみんな濃縮還元の安いジュースのもとに買われるだけで、家の経済も停滞した。停滞の後に緩やかに下降していくようだった。
実際伯父さんが研究して稼いでくる収入は命綱なのだった。
高校生くらいになると、私は伯父さんが「マスドライバー」を作るのに必死になっているわけじゃないと知った。
要は、それだけの技術をうちの会社は持っているんですよ、というデモンストレーションをしたいのであって、その技術を何か他の斬新な用途に使いたい人が居たら、きっとアクセスしてくれる。実際伯父さんはそういう仕事をしていたのだった。そして祖父と父はみかんを作っていた。
私は地上から大気圏ぎりぎりまでの垂直距離を計算している伯父さんと、地上2メートルくらいの木の枝で四苦八苦している祖父を比べて、
なんというのか、変と言うのか居心地が悪いというのか、そういう気持ちでいつもいた。
この人達は今まで一緒にくらしてきた何がどうなって、こんなに目指す高さが違ってしまったんだろう。
縮尺で比較したらちょっと笑っちゃう位の落差があると思う。宇宙に行くのが立派な仕事ではないし、みかんを作るのがつまらない労働な訳ではないんだけど。断じてそうなんだけど。
でも目指している高さが違うと、結局なにもかも違ってしまうんだと私は思っていた。20歳くらいになったけどそう思っていた。
同じ種族の生き物にしたら考えられないくらい違うことを考えている人々が、同じ家のなかでずっと生きているので。
二