私の手足は踊り狂う言語 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

映画:風立ちぬ
についてとあるかたのとても分かりやすい評論を読みました。
内容をどうこう言えないことは失礼なようなんですが、
それよりも、
その方と自分の文章との
決定的な差異を感じて少し悩んでおります。

もしかプロのライターの方のブログだったかもしれません。
必要な情報を伝えるためだけの
一切の無駄の無い分かりやすい文章。
いっそ清清しいほどでした。
おれの文章はこの点に劣る。


おれは小さいころからそれほど軽やかに肉体が動く方ではなかったので
反動で言語のイメージが体内で肥大したのかもしれません。
手足に比べたら頭の中にある言語の方が
遥に自由に動くので、
言語はおれにとってよっぽど手足みたいなものでした。

しかし十代のときに脳の神経を駄目にしたので、
言ってみればそれ以降の人生は
ベッドに寝たきりのような生活でした。
あくまで、比喩で。

点滴や呼吸器に囲まれて身動きのとれないような15年でした。
点滴や呼吸器というのはつまり夫でした。

しかしここ数年の間に、
意図せぬちょっとした出来事なんかがあって、
おれの手足はまた自由に動くようになったのです。
きっかけをくださった方には非常な感謝を持っています。

で。
自由に言語が使えるようになってやはり思うのだけど、
自由すぎるというのがおれはいけないな、と。

おれが書きなぐっていることを
「おもしろい」
と感じてくださる皆様の存在はおおきな励みであります。
ありがとうございます。

でもそれ以外の多くの人はきっとそうじゃない。
おれの書くことは灰汁や苦味が強すぎる。
読む人間を選びそうになる。
それじゃだめなのだ。

職業としてやっていける文章はそういうことじゃないでしょう。
味気なさとかじゃなくて
AIが作ったみたいな正確な文章も
やっぱり必要とされているのだ。

2013、いや2014年はそれが目標かもしれません。
言語と文脈の海は恐ろしく遥だ。