「親父は、木を育てられないくせに、やたら木ばかり植えたがるような人間だったよなあ。」
兄の愛車、何年落ちかもう分からないくらいおんぼろのカルタスの中で、私達は十何回目かになる(たぶん)父の命日に対して酒を酌み交わしていた。
「お兄ちゃん毎年それ言うよね。」
こうして兄と年に一回徹夜で晩酌していると、私は毎年毎年どんどん肝臓が強くなる。このまま一升酒が飲めるようになることは、やはりどうもよくないことのような気がするのだが。
「あいつの人生は枯れ木が原なんだ。それ以上の形容なんて出来やしないじゃないか。」
兄はそう言ってコンビニで買ったフライドチキンにがぶつきながら、缶ビールの黒いのをごくごくと飲み干す。
兄が18、私が13歳の時、我々のどうしようもない父親は死んでしまった。いつ、どのようにして死に至ったかはよく分からないのだそうだ。父は晩年を家族の誰にも知られずに何処かの県のぼろぼろのアパートで過ごしていて、その部屋の畳の上に倒れているところを或る日大家の女性に発見された。
畳の上で死ねたら本望だ。
そういう世代だって過去にはあったろうに、我々の父なんてひとがあっさりその本願を達成していいものだろうか。
父という人はどうしようもない人だった。何が、どんなふうにどうしようもないのかをこれから話そう。
まず、父は根っからの仕事人間だった。仕事に対する姿勢はとても真面目だった。いさかか競馬好きにすぎるところはあったけど、家計に響くほど散財することはなかった。かといってよそに女を囲っていると言うことではなく、子煩悩なあたりは何処にでも居る普通の父親だった。
ではその父の何がどうしようもなかったというのか?
まず、時代が悪かった。私が幼児の頃、この国は空前絶後の好景気だった。くるくるくるくるお金が回ったのだ。回って回って、雪だるまみたいにどんどん膨らんでいった時代だったんだ。今20代の私には想像もつかない。
それでもって、父の才覚というものも悪かった。それまで真面目に公立学校の給食センターで働いていた父であったが、ちょっとした知人の口車に乗せられて外国から家具を輸入して販売する会社を立ち上げてしまった。
コネもノウハウも持ってない素人の立ち上げた会社である。銀行がほいほい融資してくれるからやってこられたようなもので、そのうちあっという間にバブルが弾けて父の会社はもちろん赤字経営になった。
そのころはどんな大人でも少しおかしくなっていた。もちろん父もおかしくなっていた。商売なんてものは、情報とか経験とか人間関係とかを何年もかけて蓄積してから始めるもので、そうじゃなければもともとの視野がそれ様に研ぎ澄まされている人ではないとやっていけないものなのに、金回りがいいというだけで、単にそれだけで、誰もが大金を手に出来るチャンスを持っていると思い込んでいた。
もちろんそれは幻想だったわけで、当然父は銀行から金を借りられなくなって、自己破産してなにもかも失ってしまった。
その後はなんだか子供向けの英語のCDを訪問販売する仕事についたみたいだけど、それがどれほどの稼ぎになっていたのかは容易に想像がつくし、家庭が経済的にどんどんやせ細っていくのは小学生の私にでも良く分かっていた。
やがて父は仕事に出かけると言っては何日も家を空けるようになり、母は最初の頃は焼き魚なんか作って待っていたんだけど、だんだんだんだん布団に包まったまま一日中部屋にこもって外にも出なくなってしまった。
小学校5年生の或る日の夕方、兄が私の手を取ってこう言った。
「この家はもうだめだ。あやこ、俺達は幸いにも10代だから、ちゃんと保護してくれる場所があるのをお兄ちゃんが見つけている。だから今からそこに行こう。」
そう言われて、言われるままに兄に従って着いたところはなんと子ども家庭支援室だった。若干高校1年生で自力でその機関を見つけ出したおにいちゃんはやっぱりすごい。
その後私と兄は「児童養護施設」に入ることが決まり、お互い18歳になるまでを何人かの「似たような」境遇の子どもたちと一緒にその場所で日常を過ごした。あの後母がどうなったのかは未だに分からない。でも兄が施設を卒業した年の秋、父が死んだことだけは知らされたのだった。以来十数年、正確な日にちが分からないので適当な日を決めて、それも二人ともきちんと覚えているわけじゃなくて大体忘れているから、だいたい覚えている方の人間が言い出して、兄の車の中で酒を呑むようになったのだった。
「どうしてかいつもここに来てしまうんだよねえ。」
「お前がいつもここに来たいって言うからじゃないか。」
兄の運転する車にのるといつも、あやこ、どこに行きたいんだ、と聞かれる。しかし私は毎年ここに来てしまう。河川敷に放置されている、昔テニスコートだった場所。今は草がぼうぼうに生えて、錆びてなんだかよく分からなくなったポールがその辺ににょきにょき生えている。
「ここにいると無性にお父さんを思い出すから。」
「そういうのは分からんでも無い。」
まるで枯れ木が原みたいなのだ。
色も名前も無い、時間も止まった茫漠たる枯れ草の中に、立ったまま枯れたような木が、1本、2本、いや3本か。
「あの人も、立ったまま枯れたみたいな人生だったろうな。」
ジンの瓶、開けろよ。と兄が言う。
私は兄に言えない事がある。
確実に、私達は、父と並んで立ったまま枯れようとしてないだろうかと。
何も私と兄だけじゃない。どんな人間でも、育てられたようにしか生きていけないものなのだ。父が辿ったの以上の人生を、私は送ることが出来ないのではないのかと。
そう思うと虚空に投げだされるような容赦の無い不安に襲われる。
今の時代高校以上の学校に通えなかった私たちに何が出来るというのだ。人も居ない、時代も悪い。助けてくれるひとはどこにもいない。
うめき声を上げるみたいにめちゃくちゃに茂った枯れ草の海の中に、誰にも何をも望まれること無くぼうっと突っ立っている自分の姿が見えて首筋が産毛立ち、私はジンを瓶のままぐびぐび喉に流し込んだ。