♪ 潮風に吹かれると想い出す

 

 私と同年輩の諸氏なら、このフレーズを読むとシンシアこと南沙織さんの2ndシングル、「潮風のメロディ」を思い出されるのではないか。実はこれは、全編宏美さんご本人作詞によるアルバム『Love Letter』のオープナー、「南の島の忘れもの」の歌い出しなのである。宏美さんが大好きなシンシアへのオマージュなのか、それとも無意識に似てしまったのかーーー。

 

 このアルバムのレコーディングは、1982年9月上旬に伊豆で合宿をして行われた。時あたかも「聖母たちのララバイ」がベストテン入りしており、伊豆からTBSの『ザ・ベストテン』の中継が行われたのでよく覚えている。

 

 この『Love Letter』は、宏美さんの個人史や近未来ファンタジー?のような作詞っぷりや、それに合わせた解り易いメロディーラインなどに意識が行きがちだが、なかなかどうしてサウンドもしっかり作り込まれていて楽しめる。宏美さんの手書きでミュージシャンのクレジットがあるのも嬉しい。

 

 「南の島の忘れもの」の歌詞は、南の島の大切な人へのピュアで率直な想いを綴ったものだ。「南の島」というのがどこをイメージしていたのか、はたまた「大切な人」というのが幻想なのかモデルがいるのか気になるところではある。ただサウンドは、サンバとかカリビアンをベースにした中南米のムードである。作編曲の佐藤準さんは、カンクンやバハマあたりをイメージされたのだろうか。でもカレシは英語を話せるのね。

 

 「『作詞家』岩崎宏美はヴァース(前歌)がお好き?」でも取り上げた通り、この曲はテンポフリーの静かなヴァースから始まる。バックはキーボードとアコギだけで、宏美さんの歌声も心なしかウェットに感じる。このヴァースはやや調性不明瞭な感じで、前半はAマイナー〜Cメジャーのようでいて、リズムが入って来る直前の「♪ 心はずませPENを走らせた」では、Fメジャーに落ち着いている。

 

 本編「♪ いろいろな事 想い浮かべながら〜」からは、Cメジャーに戻っている。バックのラテンパーカッションやマリンバの音が“南の島感”を演出する。シモンズの音(宏美さんの大好きな山木秀夫さん)やコーラスも効果的だし、ホーンセクションもフィーチュアして贅沢なサウンドである。

 

 サビの「♪ すごく輝いて見えた 〜」からは、再びFメジャーに転調し、宏美さんが気持ちよさそうに歌い上げる。最高音はハイDだが、「♪ 一度もないけど よ」「♪ 淋しくなるなとく」と2コーラスとも思い切りよく地声で歌い切っている。

 

 そして歌い終わりの「♪ そう切な人」も、“宏美節”と言いたいくらいの「ア」の母音が耳に心地よい。ここはトニックに解決せず、アウトロも調性がハッキリしないまま、余韻を残してフェイドアウトしてゆくのだ。

 

 ラテンっぽい曲ではお約束だが、特に私が好きなところは、「♪ うるんだ瞳 伏せて」のところである。ここの歌メロは同じパターン4回目の登場なのだが、バックの演奏がボンゴとハイハットだけ残してブレイクするのだ。そして、Gm7/C のコードが3連符で鳴り響き、「♪ 淋しくなるなとささやく」でリズムが戻って来る。分かっていても毎回超快感なのである。そこら辺りもお聴きくださいね。

 

 

 そして、これはこのアルバム全体に言えることなのだが、宏美さんが実に楽しそうに、何も構えず素のまま歌われているような気がするのだ。宏美ファンなら絶対に持っていたい1枚、どこを切っても宏美ちゃんーーー。このアルバムの曲について語るのも今日が最後。やり切ったような淋しいような、不思議な気持ちだ。

 

(1982.11.5 アルバム『Love Letter』収録)