1985年5月3日、久しぶりに宏美さんの生歌を聴くことができた。代々木オリンピック広場、サンダウン・コンサートでのことである。1時間程度のステージだったが、大満足。懐かしいナンバーからは「Sticky Situation」「ミスター・メロディー」「心の愛」他ヒット曲3曲。そして6月発売予定の独立第1弾のアルバム『戯夜曼』からは、「横浜嬢」「誘惑雨」「夢狩人」「決心」そしてこの「唇未遂」も披露してくれたのだ。

 

サンダウン・コンサート(会報より)

 

 松井五郎さんの書く詞の世界は、それまでの宏美さんが歌って来たそれよりもさらに一段オトナで、艶やかかつ媚びない女性像が前面に出ていた。当時のファンクラブ会報(『ひろりん村の回覧板』第7号 昭和60年5月)から、松井さんに関する宏美さんご自身の言葉を引用しよう。

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 このアルバムは“決心”以外の曲他10曲全てが漢字3文字シリーズなのです。なにしろふりがなが無ければ読めないようなタイトルばかり。作詞をして下さった松井五郎氏もやけになってるとしか思えない風でしたが、それにしても彼は素晴らしい。あんなにそれぞれ色のある女の世界を描けるなんて…うらやましいというか、ウーン素敵⭐︎

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 中でもこの「唇未遂」はアダルトな色っぽさを醸し出している楽曲だ。何しろ歌い出しがいきなり「♪ ピロートークのあとに〜」だ。歌詞を追うと、ステディのいる彼との一夜のアバンチュールだろうか。

 

 言い訳がきかないように彼を追い込んでおいて、でも自分の方は夢中にはならない、と嘯く。淋しさの裏返しか。「唇未遂」というインパクト抜群のワードをサビで巧く使っている。宏美さんの歌い方も、それ以前と比べると吹っ切れていたり妖艶さが増したりと変化していて、「新しい岩崎宏美像」を印象付けたナンバーの一つと言えるのではないか。

 

 編曲は奥慶一さん。ギター&ベースのユニゾンの印象的なリフ(「ラズル・ダズル」からの引用か?)から始まるイントロ。キーボードが刻むのはエイトビートで、リズム全体のノリはハネた16分音符のバウンスの感じだ。バッキングボーカルも効果的に使用されている。「♪ さみしい同志のコミュニケーション」が「♪コミニュケーション」と聞こえるのはご愛嬌。😜

 

 サビ「♪ Don't Kiss Me 逢いたくなるような Kiss はさせない〜」はキャッチーで、脳内ループ間違いなしのフレーズ。「♪ なやめる唇 未遂の Good Nights」も「♪ 未遂の」の「の」の音は、マイナーキーのサブドミナントのノンダイアトニック代理コード♭Ⅵ7の7thに当たる。このコードはロクリアンスケールから借用して来たコードと考えられるそうで、独特の雰囲気を醸し出す。

 

 2番では、「♪ Don't Kiss Me つらくなるような Kiss はいけない」は落ちサビとなり、宏美さんによるセルフコーラスが被って来て、たいそう耳に残る。そして「♪ クールに唇 未遂の〜 Good Nights」の「♪未遂の〜」はフェイク風の宏美節炸裂!でgoodである。

 

 ここからの間奏、そしてアウトロの色気のあるサックスがまたこの曲の印象を決定づけている。

 

 

 この曲はこの後も、スタジオライブなどでも取り上げられる宏美さんのお気に入りとなったのだ。😉

 

(1985.6.5 アルバム『戯夜曼』収録)