3rdアルバム『飛行船』のタイトルチューン、かつラストナンバーである。それにふさわしい、高揚感のあるスケールの大きな曲だ。作詞:阿久悠、作編曲:筒美京平と、当時ディスコ風楽曲でヒットを連発していたコンビの作品である。

 

 歌詞のシチュエーションは、愛し合う若い二人が「愛の飛行船」に乗ってばら色の雲間をどこまでも飛んでゆく、というものである。ファンタジーというか、ある種の喩えと考えるべきだろうか。

 

 そもそも近年飛行船を見る機会が著しく減ったような気がして、少し調べてみた。飛行船は19世紀半ばに初めて登場し、第一次世界大戦では軍用飛行船も実用化。大戦後には民間航路も開設された。1930年代に旅客飛行船の事故が相次ぎ、航空機の発達もあって航空輸送手段としては使命を終えた。その後は皆様の持ってらっしゃるイメージの通り、広告宣伝用として使われることが多くなった。日本では1960年代末に初登場。だが21世紀に入ると、目にする機会はほとんどなくなる。理由は費用対効果や用地確保の問題であるという。この『飛行船』のアルバムが出た70年代は、最も飛行船を頻繁に見かけた時代だったのかも知れない。

 

 飛行船が飛び立つと、それを見ようと人が集まったり、車で追いかけて渋滞になったり、という社会現象まで起きる。飛行機やヘリコプターとはまた違った、ほのぼのとした魅力があるのは私もよく解る気がする。朝陽を受けて大空を泳ぐ飛行船に、愛だけを手にどこまでも幸せを求めて舞い上がるような自分の気持ちを重ねている、という歌なのだろうか。

 

 2000年代初頭、日本でも飛行船の遊覧飛行を行っていた会社があった。その遊覧飛行を体験された方のブログの中に、「まさに、35年前に聞いた岩崎宏美さんの『愛の飛行船』という歌のイメージがぴったりでした」と書かれていて嬉しくなったのでご紹介しておこう。写真もそのブログから拝借した。

 

 

 音楽的には、リズムセクション(ピアノはハネケンさんか?)、シンセサイザー、ストリングスの他にホルンやオーボエなどが用いられ、京平先生のセミクラシカルなオーケストレーションが冴える。イントロのホルンの印象的なフレーズ、そのバックで鳴る物々しいトゥッティの音など、恰も飛行船が離陸して空へ浮き上がるかのようなスケール感のあるサウンドである。

 

 Aメロはベース音が1音ずつ上がっていき、飛行船の高度が徐々に上がっていく光景を描写しているようでもある。宏美さんのボーカルは下のG♯から始まるが、「地平線の彼方」「ワンウェイ・ラブ」のようによく響くようになった中低音を聴かせると言うより、語るように歌っている。Aメロ最後の「♪ 朝の陽がうつる」で再びホルンのHの音が鳴り、ブリッジなしでサビのBメロに突入する。

 

 ここからの浮遊感、解放感は何とも名状しがたい。ここからは宏美さんのお声が、まさに天まで響くように輝かしく高らかに聞こえるのに対し、ベースラインが半音ずつ下降してゆくことにより、広がりと奥行きを増してゆくのだ。そして、「2拍3連が効果的な宏美さんの歌ベスト20❣️」で私がNo.1に選んだ通り、クライマックスの「♪ あなたが〜」で最高音C♯まで上がり、モルト・リタルダンドするところは圧巻としか言いようがない。岩崎宏美という逸材を知り尽くした京平先生が、宏美さんの魅力を余すところなく伝えるために渾身の筆をふるったサビ、という想いがするのだ。

 

 

 幸せの絶頂に上り詰めようという若い二人の歌なのに、2番後半の「♪ さよなら〜」以降が私には切なさを伴って聞こえるのは何故だろう。「悲しみをたたえた心」に別れを告げ、「希望の雲のかなた」に飛び去ってゆく二人。それなのに「さよなら」という言葉の響きと、宏美さんの類い稀な美しい声が、私の理性ではなく感性に直に訴えかけて来るのである。

 

 宏美さんはデビュー当時から現在まで、常に完成度の高い素晴らしいアルバムを出し続けて来た。だがある意味、幼さとか無邪気さの残る歌声を聴くことができるのは、この『飛行船』が最後だ。次作『ウィズ・ベスト・フレンズ』では、声質も表現も急に大人びて来るのである。すなわち、このアルバムのラストに収められたこの「愛の飛行船」の最後で歌われた「♪ さよなら」は、宏美さんがご自身の少女時代への訣別を歌ったのではなかったか。

 

(1976.7.25 アルバム『飛行船』収録)