宏美さんご本人も当時のディレクターだった飯田久彦さんも「大好き」と口を揃える5thアルバム『思秋期から…男と女』の一方のタイトルチューンである。ノッケから「思秋期」でめいっぱいウェットに始まる本アルバムだが、この「男と女」はドライかつライトで、爽やかな存在感を放っている。

 

 阿久先生の詞は、男女の差異を同じリズムで6連並べている。ここは作編曲の三木先生の腕の見せどころといった感じで、あの手この手で変化をつけて、飽きさせない曲作りがなされている。

 

 シェーカーの刻む16ビートが印象的で、メロはフルートのイントロから始まる。イントロは細かく転調し、洋楽っぽい雰囲気のコード使いだ。このアルバムは、前4作に比べて宏美さんのボーカルが急に艶いて聞こえるようになった。この歌も、歌い出しから距離感の近い「男と女」を感じさせる歌声である。

 

 歌はCメジャーで始まる。 2〜5連の最初2行は、全て男女を対比的に扱った詞であるが、男の部分も女の部分も、メロディーやコードは全く同じである。男女の差異を淡々と同じ音楽で2行並べることで、「♪ それは大したことではなさそう」「♪ それは二人でどうにか出来そう」というフレーズが説得力を持つ。ささやかな男女の幸せが展望できるのだ。ちょいちょい聞こえるギターもさりげなくお洒落。

 

 そして3行目、「♪ あなたとわた 男とおん」の「し」がシの♭、「な」がラの♭と、このキーにない音をメロディーラインに登場させ、ノンダイアトニックコード(Em7 - A7(♭9)  - Dm7 - Fm6 -)が鳴ることで、単調になりがちなこの曲にアクセントを付けている。

 

 そして、3連目は唐突にEマイナーに転調する。男女対比の最初2行は、ここでも同じメロ付けを行っており、他の連と整合性が取れている。「♪ いつもあなたは その目をあけてるー/いつも私は この目を閉じてるー」のそれぞれ「るー」で伸ばす音のなんと自然で余韻のある声であることか。そして「♪ あなたと私 男と女/シャラ…」の部分は、お馴染み4度進行が登場し、イントロのフレーズが戻って来る。と、歌に入る前に半音上がってD♭メジャーになり、色彩がフッと変わるのだ。恰も、2人の関係が一段階上がったかのように。

 

 そして4・5連目と、徐々にバックの音数も重なって来る。5連目が終わると、やや不思議なムードの間奏が繰り広げられる。第7音にフラットが付き、ミクソリディアン・モードにチェンジしているとも考えられる。エレピとトライアングルの音から入り、繰り返しはフルートとボンゴが加わって来る。ストリングスが入って来て、さらに半音上がってDメジャーに。

 

 さらにステップアップした2人は、「♪ 身長の高さが違うといっても/それは二人でどうにか出来そう」と、先の見通しも持てるようになるのだ。キーが更に上がったことで、「♪ あなたと私 」は、宏美さんの声の美味しい部分が良く鳴る音域になり、「萌え」である。そのパートが繰り返され、リタルダンドしてハッピーエンドだ。🥰

 

 

 『ニッポンの編曲家:歌謡曲/ニューミュージックを支えたアレンジャーたち』(川瀬泰雄他、DU BOOKS、2016)という本を最近読んだ。今まで何冊か読んだ本でも、アレンジャー、ディレクターのことはある程度解ったが、この本はさらにミュージシャンやエンジニアにもスポットを当てており、興味深く読んだ。印象的だったのは、取材を受けた方々が異口同音に言われていたことだ。それらをまとめると、以下のようになろうか。

 

「現在の音楽シーンでは、打ち込みで大概のことができるようになった。だがそれでは、アレンジャーやマニピュレーターの頭の中にある以上の音楽はできないということだ。あの時代は、アレンジャー、ディレクター、ミュージシャンらがせめぎ合う中で化学変化が起き、歌手の歌を活かす最高のサウンドができた」

 

 この『思秋期から…男と女』に限らないが、宏美さんは本当に恵まれた時代に、ご本人の天性の美声や歌唱力、音楽性を以って、たくさんの良質のレコーディングを残した。まさに「時代の申し子」とも言えるのではないだろうか。

 

(1977.10.5 アルバム『思秋期から…男と女』収録)