宏美さんの51stシングルで、カップリングの「笑顔をみせて」とは両A面扱いだった。この「BELIEVIN’」は、テレビドラマ『新・部長刑事 アーバンポリス24』のエンディング・テーマに使用された。このドラマは、関西ローカルの刑事ドラマの長寿番組のシリーズだったらしい。残念ながら、この曲を使用したエンディング動画は見つからなかった。😭

 

 作詞・作曲:吉田美奈子、編曲:塩谷哲。ミュージシャンのクレジットにはキャット・グレイ、沼澤尚、金子飛鳥らの名が見え、95年の岩崎宏美復帰プロジェクトを支えた面々が集結している。吉田さんから宏美さんへの作品提供は、この曲が初めてだ。

 

 吉田さんのこの曲の歌詞は、ふりがながないと読めない(シングルの歌詞カードにはふりがながあるが、アルバムにはない)ものが多い。北風(かぜ)、初冬(ふゆ)、電飾(ひかり)、星空(そら)、静寂さ(しずけさ)等々。内容は、初冬の都会の切なさ、忙しない人々の生活を描きながら、愛・夢・輝きといった永遠のものを信じていて欲しい、といったところだろうか。

 

 曲はCメジャーのスローバラード。落ち着いたエイトビート、金子飛鳥ストリングスの流麗な調べに乗って歌われる。この曲で特徴的なのは、非常にブレスの長いフレーズが多いことである。それを、普段よりビブラートを抑えた宏美さんの歌い方が印象的である。

 

 もう一つこの曲の宏美さんの歌い方で注目すべき点がある。それは、比較的低い音域(真ん中のG以上)でも、ファルセットを多用していることである。『FULL CIRCLE』の時にキャット・グレイのプロデュースで、ファルセットについて学んだ、と宏美さんは述べている。もちろん、他の曲でもファルセットは大いに活用されているが、低い音域でも使用しているところに、何らかの実験的な意図を感じないでもない。

 

 

 この曲には、後に『Shower of Love』に収録された Original Version がある。後から出たのにオリジナルと言うのは、編曲が作者の吉田美奈子さんご本人だからという訳だ。元々このバージョンが存在し、シングル用にSALTがリアレンジしたのかも知れない。ミュージシャンも全て入れ替わっており、全く雰囲気が違ってそれぞれに聴き応えがある。私は、特に渕野繁雄さんのサックスの音色が好きである。

 

 この Original Version で、一つだけ私は気に入らないところがある。それは、「♪ 心のす(V)みにーさりげなくー」のところで、「隅」という言葉の途中でバッサリとブレスをするところである。

 

 先ほども少し触れたように、この曲はサビの「♪ 巡る季節の中にある輝きだけを探したら〜」から息の長いフレーズが続き、基本的に2小節ずつでブレスをしている。だが、一番の高音が現れて盛り上がるこの「♪ 心の隅にさりげなく」のフレーズは、シングル・バージョンでは、おそらく意図的に4小節ノーブレスで歌われているのだ。このテンポだとかなりの長さになる。

 

 もし息が続かないのであれば、「♪ 心の隅にー(V)さりげなくー」とブレスするのが普通だろう。ところがこの Original Version では、日本語を大切にされる宏美さんにしては珍しく前述のようなブレスをされている。恐らく吉田さんのディレクションで、その後のノーブレス(「さりげなく」の前)を優先した結果ではないか、と推測はしているが。

 

 

 もう一つ、この両バージョンの違いで、珍しいことがある。発売順で、シングル・バージョンをもとに考えよう。シングル・バージョンの歌詞の抜粋・構成を以下に載せる。

 

A:もう舗道には絡み付く北風が吹く〜

A’:そう 過ぎ去った昔 忘れてた記憶の奥だけど〜

B:巡る季節の中にある輝きだけを探したら

B’:心の隅にさりげなく微笑む愛を〜

A:ただ忙しく駆け抜ける日々に人々は皆

A’:また電飾の夜 誘惑を星空にまで〜

C:麗しく....美しく....〜

B:巡る季節の中にある輝きだけを探したら

B":心の隅にさりげなく微笑む愛を知らないまま

B:時間を越えても変わらずに心に映る出来事すべて

B’:永遠のもの 物語のひとつひとつを〜

 

 これが Original Version では、赤字にしたBB"の部分をそっくり割愛しているのである。また、細かい部分であるが、青字にした「♪ 日々に人々(ひと)は皆」の歌詞を、シングルでは「日々に」と歌っているところを、アルバムでは「日に」と歌っている。これも吉田さんの指示による改変だろうか。

 

 この細かい歌詞の件は置いておいて、構成自体を変更するというのは、宏美さんの場合かなりレアだと思う。宏美さんは数多くのセルフ・カバーの録音を残されている。その中で、ライブやメドレーは別として、構成を変えて吹き込んだものは、『Never Again』の「春おぼろ」(2コーラス後の部分がオリジナルは「♪ ほんとは泣きたい〜」から始まるが、新録音ではその前に「♪ 悲しいわ つれないわ/何か話して」が挿入されている)と、『My Songs』の「ロマンス」(頭に、テンポを落としたサビが付加されている)くらいではないか。

 

 

 武部聡志さんの『すべては歌のために』の中に、そのことに関わる面白い記述があった。EXILE ATSUSHI の「糸」の項の「ストレートカバー」という段落から引用する。

 

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 何らかの楽曲をカバーする際には、その楽曲の著作権を管理している音楽出版社に許諾を取る必要があります。これはどんな曲でも必要な手続きですが、許諾にあたっては条件がある場合もあります。中島みゆきさんの楽曲は“ストレートカバー”という決まりがあって、これは曲や歌詞の構成を変えてはいけないというルールです。

 しかし、僕は最後のサビの後に、どうしてもそのサビの最後の2行を繰り返したいと思いました。(略)

 それで、変更の許可申請をして無事にOKをいただくことができました。(略)

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 もちろん、この「BELIEVIN’」はセルフカバーだし、作者の吉田さんご自身がアレンジなので無問題だろう。だが、この武部さんの本を読んで、場合によって「ストレートカバー」などというルールが存在することを知った。そのこと自体が、それぞれの楽曲というものは構成や歌詞の一つひとつが細かく吟味された上での、まさに「作品」であることの証左として、とても興味深い。

 

(1996.11.21 両A面シングル)