5thアルバム『思秋期から…男と女』のB面4曲目に収録された、派手さはないが深く心に残る珠玉のバラードである。作詞:阿久悠、作曲:大野克夫、編曲:萩田光雄。30周年のBOXに収録されたり、また『Dear Friends Ⅶ 阿久悠トリビュート』で新しいアレンジで再びレコーディングされたりと、宏美さんにとっても思い入れの強い楽曲であろう。

 

 ほろ苦い「大人の恋」を知った主人公が、ふらりと入った店のピアノ弾きに泣かされた、という歌である。どの資料を見ても、宏美さんは「この頃から大人っぽい歌詞が増えてきた。背伸びをして歌っていた」というようなことを仰っている。この歌も、歌詞には「私は二十才」と出てきて、ずいぶんと大人っぽい二十才だなぁ、と思わずにはいられない。

 

 まずオリジナル・バージョンから見ていこう。

 

 以前読んだ萩田先生の本には、この曲に関する記載はなかった。だが、この曲の成立過程にはとても興味がある。眞峯隆義氏も指摘されていた通り、歌詞の世界とサウンドがとてもよくマッチしていると思えるからだ。作曲者と編曲者が異なっているのに、作詞者も含めどのような連携がなされてこの名曲が誕生したのだろうか。

 

 この曲は8分の6拍子だと思われる。そのタクトに乗って、イントロからアウトロまで終始一貫して、ピアノの16分音符のアルペジオが途切れることなく続く。まさに「泣かせる」ピアノの音である。イントロの前半はちょっと凝っていて、ピアノ・木管・弦のメロは8分の6拍子だが、ベースは4分の3拍子なのだ。

 

 キーはE♭メジャー、ABCC’×2+Dという構成だ。初めはリズム(カバサの音が印象的)とピアノがメインで、木管、ストリングスが徐々に重なってくる。合いの手のように入るエレキも印象的。歌詞世界を上手く表現した秀逸なアレンジである。特に好きなのは間奏。ストリングスとフルートのかけ合いのようになるところの切ない泣き声のような部分がたまらない。

 

 宏美さんのボーカルは、レコーディング当時まだ18歳とは思えないほど憂いを帯びて、聴く者の感情を揺さぶる。ご本人は「背伸びをして歌っていた」と言われるが、とてもそうは思えない表現力である。そして高音部分も、力みなく、歌い上げず、それでいて実声であり、この時期ならではの伸びがある。

 

 極め付けは、コーダに当たるDパートの感情の昂ぶったボーカルである。2コーラス終わって半音上がると、バックはAパートとほぼ同じコード進行で展開する。歌詞は「♪ ピアノ弾きが泣かせた/ピアノ弾きが泣かせた」とタイトルを繰り返すだけである。だが、そこがメロディーメイクの妙で、「♪ ピアノ弾きが泣かせた ああ/ピアノ弾きが ああ 泣かせた」と聴こえるのだ。転調に合わせてテンションを自然に上げる宏美さんの声に、聴くわれわれが泣かされる。

 

 

 私はこの曲を、幸運なことに1981年のコンサートで2度生で聴くことができた。このツアーでは、それ以外にも「季節のかほり」「恋人たち」と以前のアルバム曲からも歌われ、とても嬉しかったのをよく覚えている。

 

 2014年の『阿久悠トリビュート』バージョンも概観しておこう。キーはオリジナルより-2のD♭メジャー。低音を活かしてゆったりとした歌唱だ。サビではファルセットも使用している。編曲の坂本昌之さんがピアノも弾かれている。オリジナルと違って8分音符主体で、ややジャズテイストのピアノだ。八木のぶおさんのブルースハープもアクセントになっている。全体に宏美さんの仰る通り「背伸びしないで」歌っている大人な演奏である。

 

 

 すでにその録音からも7年が過ぎた。私はさらに夢想する。今度この歌を披露してくれることがあるとしたら…。私は、あまり歌い上げず、シャンソンのように語るような宏美さんのアプローチを期待したい。この歌は、きっとそれもありだと思うのだ。皆さん、そう思われませんか?

 

(1977.10.5 アルバム『思秋期から…男と女』収録』