芸映から独立第1弾のオリジナル・アルバム『戯夜曼』の中でも異彩を放つ、幻想的なナンバー。約1年ぶりに開かれたコンサート『シネマスコープ』の幕開けを飾った、ファンにとっては忘れられない曲である。

 

 作詞はシングルの「決心」以外のこのアルバムに収められた全曲を担当した松井五郎さん、作編曲は奥慶一さんである。このアルバムの他の曲はテンポもあり、ビートもハッキリしている曲ばかりである。この「夏物語」だけがゆったりしたテンポで、全体が靄に包まれているような神秘的な雰囲気を漂わせている。

 

 歌詞の世界も、全体が薄ぼんやりとヴェールに包まれている。2人の関係は詳しく語られないが、「あのひとを 想い出と呼ぶ」とあるので、「あの夏」の過ぎ去った恋と判る。気になるのは「家庭教師をしてた/あの夏」と「あのひと」との関係である。

 

 私の想像はこうだ。「家庭教師をしてた」と言うのだから、この歌の主人公が教師と考えるのが自然だ。とすると、現代なら年齢によっては問題視されてしまうかも知れない関係。主人公が大学生で、「あのひと」は家庭教師の教え子で高校生。2人ともこのような関係は初めての経験だ。それは、以下の散りばめられた言葉から感じられる。

 

 ひと目惚れの魔法、逢える以上に幸せがない、もぎたてのレモンのように、恋とゆう綴りを覚えた、愛しあうまねごと、等々。

 

 このアルバムの他の曲に登場する、やや高飛車な女性達とはかなりイメージが違っている。この曲の次に歌われる「夢狩人」とのギャップも面白い。

 

 他の曲とイメージが違うのは、多分に音楽的なものの部分の影響も大きい。全体にファンタジックな雰囲気を纏っているのは、出だしの「♪ 古いヴォーグを 抱いて/駈けあがる 坂道」の部分のスケール(音階)のせいもある。深入りはしないが、教会旋法の一つである、ドリアン・モードが使用されているのだ。「スカボロ・フェアー」と同じ旋法だ、と言うと雰囲気が伝わり易いかもしれない(詳しいことはこちらをご参照ください→)。

 

 そしてゆったりしたテンポで、長い音符が多い。特に「♪ ひと目惚れの 魔法に〜」以降のサビでは、高音の伸ばす音が目立ち、当時の宏美さんのやや硬質のキラキラした声が、この曲をより印象深いものにしていることは異論がないであろう。

 

 またこの曲は、1コーラス目と2コーラス目を、歌詞のリズムや切れ目に合わせて、結構細かく符割を変えているのだ。例えば、「♪ 恋とゆう 綴りを覚えた」と「♪ 冷たいグラス かたむける」では、かなり符割が違っている。こういう丁寧な作り、好きである。

 

 

 蛇足だが、アルバムタイトル『戯夜曼』のギヤマン(diamant)とは、元はオランダ語でダイアモンドの意味。だが、ガラスを切るのにダイヤモンドを使ったことから、ガラスやガラス製品のこともギヤマンと称するようになったと言う。

 

 

 私は、この言葉を幼い頃から知っていた。何故って?同年配の男性諸氏ならお分かりかもしれない。1967年に始まったテレビ特撮番組『仮面の忍者 赤影』の「卍党編」では、3つの「ギヤマンの鐘」を巡ってストーリーが展開したからだ。貼り付けたYouTube動画は、削除されないような配慮か、映像が見づらくしてあるが、1:15くらいに「ギヤマンの鐘」の音を聞くことができる(笑)。

 

 

(1985.6.5 アルバム『戯夜曼』収録)

 

P.S.私はこのブログを書く際、歌詞サイトはよく J-Lyric.net を利用している。コピペもできて使い勝手が良いのだ。だが、気をつけないとけっこう歌詞が間違っている。今日の「夏物語」では、「♪ 白い窓辺の ポトス」が、「♪ 白い窓辺の ポスト」になっていた。🤣🤣🤣