独身時代最後の、そしてアナログ盤最後のアルバム『Me too』に収められている。事務所独立後、宏美さんはアルバム企画に参加するようになり、レコーディングにも時間をかけられるようになった。そのため、統一感のあるアルバムが制作されるようになったように思う。どちらかというと高飛車な女性のイメージの『WAGAMAMA』『yokubari』の流れがひと段落し、この『Me too』はふっと肩の力が抜けた感じがするところがまた好きである。

 

 作詞はこのアルバムで初登場になる上杉伸之助さん、作曲は「愛の生命」「摩天楼」「ときめき」などの濱田金吾さん。このアルバム収録のシングル「聞こえてくるラプソディー」のコンビである。歌の内容は、海辺のリゾートに傷心旅行に来た主人公が、微睡んだ午後にふと幸せだった頃の恋人のイメージを思い出す、といったところか。

 

 まず好きなのがタイトルである。「女優」「スローな愛がいいわ」徹底比較の際に論じたタイトルのタイプで言えば、反主流の短文タイプ。しかも、「スローな愛がいいわ」のように歌の中のフレーズとしては登場しない。ではどのような位置づけなのかと言うと、時系列的に歌詞の世界の直前に位置づけられ、連続しているのではないか。ホテルの部屋に入って最初広いBEDに座り、深い海の色をひとり見ている、と繋がるように思う。極めて珍しいタイトルの付け方ではないか。

 

 そして別れの歌なのに、ジメジメしていないのも良い。深い海の色、赤くさよなら、白い砂、とカラフルなイメージだ。曲調もそれに合わせ、リゾート感満載のキラキラしたサウンド。Bメロで短3度上に転調しちょっと雰囲気を変えておいて、サビで元の調に戻り「♪ Far away〜」で「待ってました、宏美節❣️」となる。一気に広がる開放感、浮遊感?がいい。私の眼前には真っ青な空が浮かぶ。

 

 音楽的なウンチクを一つ言わせてもらえば、「♪ 深い海の色を/短い旅のつもり〜」と「♪ ただそれだけの イマージュ/抱いた淋しさ風が消して〜」の太字部分は、それぞれメジャーキー、マイナーキーで「ドミナント→トニック」の進行なのだが、以前スリーコードの解説の時にお話しした「Ⅴ7→Ⅰ」(G7→C、E7→Am)ではなくて、ドミナントの機能を持つ別のコードを活用して、「Ⅱ♭7→Ⅰ」(D♭7→C、B♭7→Am)としている。このことにより、ドミナントからトニックへのありきたりの進行を、小洒落た感じに演出することに成功している(アレンジは戸塚修さん)。

 

 

 ひとつ残念だったのは、このアルバムの曲は1曲もコンサートで聴くことができなかったことである。私のメモによると88年5月29日が、私にとっては宏美さんの独身時代最後のコンサート。このセットリストには、まだ『Me too』の曲は入っていない。記憶が定かではないが、次のツアーがあったとすれば、恐らく参加していると思われるので、このアルバムの曲たちは、コンサートで披露されることがなかったのかも知れない。宏美さんは結婚後、活動緩慢期に入る。私が宏美さんの生歌を聴ける次の機会は、6年後のディナーショーまで待たねばならないのだ。

 

(1988.7.21 アルバム『Me too』収録)