8枚目のオリジナルアルバム『10カラット・ダイヤモンド』の2曲目に収められている。このアルバムは、歌のタイトルだけ眺めてもマチネ、パリ、カトリーヌ、セレナーデと、ヨーロッパの香りがプンプンする。作詞は阿木燿子さん、三浦徳子さんの2人が担当しており、それまでの男性上位?の作詞家陣の作品と一線を画している。

 

 また、オリジナル・アルバムにシングル曲が含まれていないのは初めて。これは、このアルバムの前に発売された3枚組のベスト・アルバム『宏美』に、リリース間もないシングル「夏に抱かれて」が収録されていたため、シングルを買い控えたリスナーが多かったことの反省を踏まえたためとも言われている。

 

 さて、この曲。宏美さんが紙ジャケのライナーノーツで取り上げ、「『マチネへの招待』の大人っぽさは、今聞いてみても驚きますね。4〜5分の間によくこんなドラマティックなストーリーが出来るなぁ」と言っている。阿木燿子さん、さすがである。

 

 

 それに応えて穂口先生の作編曲も冴えわたる。説明のために便宜的に曲をA~Eの以下の5つの部分に分ける。

 

A:マチネは意外につまらないばかりで〜

B:ドラマは始まったばかりなのに終りが見える〜

C:愛されても一人っきり いま生きてるわ〜

(2コーラス目 A,B,C 略)

D:人の流れに押され 一歩表に出れば〜

C:愛されても一人っきり いま生きてるわ〜

E:ドラマはいつしか終るけれど〜

 

 いろいろな仕掛けがあるのだが、分かり易いところを一つだけご紹介しよう。3度登場するサビのCメロと、コーダで繰り返しながらフェイドアウトするEメロは、コード進行が同じである。そして、CメロのバックにはインストでEメロが鳴っているのだ。そのメロディーとバックが入れ替わり、コーダのEメロのバックにはサビのCメロが流れているのである。お気づきだっただろうか。この凝った作り、好きである。

 

 

 

 サウンドもゴージャズ。イントロはテンポフリーでギターソロから始まり、ベースとシンセっぽいメロからインテンポ、スネアドラムの「♪ タラッタラッ」(と聞こえる)をきっかけにバスドラムが一定のテンポを刻み出し、フルバンドが鳴り出す。要所要所で入るトランペットやフルートも効果的である。

 

 あとこの歌の一番のお気に入りは、「♪ そんなにうまく いってくれたならば〜」の最後、7度の跳躍で上がった後、ルートのB♭に対し9thのテンションに当たる上のCの音で、〈a〉の母音が続く「た〜な〜ら(ば〜)」の宏美さんの歌い方だ。宏美さんの地声の高音の〈a〉は、英語の発音記号の[æ]に何となく近いのだ。キタ〜!宏美節、と言った感じである。😍

 

 ところで、「マチネ」とはもちろん昼公演(夜公演は「ソワレ」)のことである。歌詞で言うと2コーラスで公演が終わり、Dの部分で「♪ 人の流れに押され 一歩表に出れば/街は黄昏ね」と歌っている。楽しく長い夜はこれから、のはずである。しかし主人公は、「愛されても一人っきり」「私の心は迷うばかり......」と冴えない。

 

 あれ?既視感。「しあわせだから いいじゃないかなの」「なぜだか重い ためいきついている」そう、時計に追われる「シンデレラ・ハネムーン」である。時間はたっぷりあるマチネと、夜ふけに別れるシンデレラ。シチュエーションは真逆である。しかし、阿木さんと阿久先生という全くタイプの違う女性と男性の作詞家が、ある意味似たような女性の心情を描いていることは興味深い。

 

(1979.10.5 アルバム『10カラット・ダイヤモンド』収録)