さてさて…
苦節三年余(苦節と言うべきかどうか)の末に
摂政兼家(せっしょうかねいえ)は、権大納言道隆(ごんだいなごんみちたか)の内大臣昇進を実現させたのですが…
但し、道隆任内大臣を承諾した円融院(えんゆういん)は、人事における交換条件を出したのです
その交換条件とは
『黒光る君』こと、小野宮実資(おののみやさねすけ)を参議(さんぎ)に昇進させることでした
『光る君へ』では、ロバート秋山竜次さんの好演で、正論を吐く『日記の人』というイメージが定着してしまった実資ですが
永祚(えいそ)元年(989)を迎えた頃の、彼の官位は、正四位下左近衛(しょうしいげさこんえちょうじゅう)で、更には…
中宮大夫(ちゅうぐうたいふ)、蔵人頭(くろうどのとう)、近江権守(おうみごんのかみ)を兼帯していました
当時の中宮は、実資の伯父である、太政大臣頼忠(だじょうだいじんよりただ)娘の遵子(じゅんし)で、実資は従姉妹である遵子の立后以来、中宮職(ちゅうぐうしき)のトップを務めていました
しかし、成・壮年期における、実資の代表的な官職と言えば
何と言っても、円融・花山・一条、三代の蔵人頭でありますね
ところで…
皆様は、『光る君へ』の劇中、寛和の変の後で、実資は蔵人頭を解任されたのではなかったのか
と思われたかもしれません
確かに、変の直後、実資は蔵人頭を辞めていますが、それはあくまでも辞任であって、クビではありませんでした
帝の秘書課とも言うべき、蔵人所(くろうどどころ)は、帝を公私両面にわたり補佐するという、激務であったのですが
帝が崩御、若しくは譲位した場合…
蔵人頭の職員は、全員その職を解かれ、新帝のもと、新しい顔触れに変わることが先例となっていました
現代の組織でも、社長交代(代替わり)時には、女房役である秘書課のメンバーも一新することが、常であるのですが
新社長にしてみれば、前・先代社長の息のかかった人物が、秘書課長や秘書室長では、何かとやり難い訳で
云わば、新しい社長の下、組織が円滑に機能する様に、気心の知れたメンバーを、秘書課に揃えるのです
したがって、蔵人所の職員も、帝代替わり時には、総入れ替えになったのですが、実資の場合は
円融帝が花山帝に譲位した時、引き続き、蔵人頭(頭中将:とうのちゅうじょう)に在職していたのです
この在職は、極めて稀有なことであり、何故先例破りが行われたのか事情は不明なのですが…
実資の精励恪勤な仕事ぶりと、真摯に職務に取り組む姿勢が、評価されたうえでの、異例の留任となったと思われます
推測を逞しくさせて頂けるならば、実資の力量を高く評価した円融が、引き続き次の帝である花山をサポートする様、要請した
可能性もあり、更にもう少し踏み込んだ物言いが許されるならば…
我が子である東宮懐仁(とうぐうやすひと)を即位させるためには、花山の治世を短命に終わらせなければならず…
それを実現させるには、花山陣営の動向を把握する必要があった訳で、実資をスパイ的な意味合いで蔵人頭に留めたという仮説も有りかなとタケ海舟は思っております
但し、清廉潔白で、曲がったことに対して、黙ってはおられない性分である実資が、その様なスパイ役目を務めるとは到底思えないので、やはり、能力の高さを買われたうえでの、蔵人頭続投であったと考えるのが、至極順当だと言えます
但し、実資は、蔵人頭在職が長期に及ぶことを、あまり喜んではおらず、そうした彼の気持ちが、『小右記』(しょうゆうき)には記されています
(そのあたりの事情については、機会を改めてということで)
さて、花山退位に伴い、先例に従って、実資は蔵人頭を辞任したのですが…
辞職から、僅か一年半程で、彼は再び蔵人頭に復帰しているのです
一条帝即位時に、蔵人頭になった道兼(みちかね)が、就任から僅か一か月弱で参議に昇進
加えて、道兼の同役であった、藤原安親(ふじわらのやすちか)もまた、永延(えいえん)元年(987)に参議に進んだという事情もあり、安親の後任として、実資にお鉢が回って来たのです
異例の再登板となった背景ですが、前任者の道兼は言うまでも無く、摂政兼家三男、もう一人の安親は、兼家正妻時姫(ときひめ)の兄で、兼家正妻腹の子供達の伯父に当たる人物でした
即ち、彼等は、帝の秘書室である蔵人所掌握を意図する、摂政兼家の思惑により送り込まれた訳で、掌握に一定の目途が付いた後は…
自らの与党を多く議政官(ぎせいかん)メンバーに入れるべく、参議昇格即ち公卿メンバーの仲間入りを果たしたのです
元々、蔵人頭は、代表的な公卿への登竜門であり、帝二代の女房役(仕事において)として、実績を積んで来た実資は
既にこの段階で、参議になる権利も資格も十分だったのですが…
それは実現されず、三度目の蔵人頭を拝命するに至ったのです
この当時の政局は、幼帝一条を間に、摂政兼家(外祖父)と円融院(父院)の主導権争いが展開されており、両者の連絡役を務める蔵人頭には…
『有能で誠実な実資以外に人はいない』という結論に達したのかもしれず、恐らく、彼を信任する円融の意向が通ったものと思われます
但し、当の実資本人は
『またもや、苦労三昧の蔵人頭の日々が始まるのか…』
と内心、ウンザリしていたかもしれませんね
しかしながら、三度目の蔵人頭就任から、約一年半後
実資に、参議昇進という朗報が訪れたのです
続きは、次回に致します