東日本大震災から1年がたちます。
TV番組等のメディアも特集を組んでますね。。。
1年経っても鮮明に記憶に残る震災。
復興もまだまだスタート地点と言えるでしょう。
皆さんにも東日本大震災に関するエピソードがあると思いますが、
私は群馬県のクライアント店舗にて被災しました。
当日は北関東エリアの店長さんたちが集まり研修をしておりました。
小さい揺れが長く続き、嫌な予感が脳裏を走りました。
バックヤードでミーティングしていた私たちは、走って厨房に入りました。
そしてキッチンスタッフをホールに避難してもらった直後、
大きな揺れとなりました。
お皿、タッパー、モニター・・・、
バタバタ、ガチャン!っと振ってきました。
私は店内放送のマイクを握り締め、お客様に落ち着いて対応していただくよう、
そしてスタッフさんに指示を出し続けました。
その後はしばらく様子を見てからお客様にお代を頂戴せず、
お帰りいただき、停電対応とガス等の確認をしました。
各グループ店舗への安否確認、地震に関する情報収集、スタッフさんやそのご家族の
安否確認、本部への連絡等を手分けし必死でした。
帰宅できるスタッフさんには帰宅してもらい、
残ったスタッフさんのために弁当、飲料等を買出しに行きました。
思い出深いエピソードはここからです。
コンビニに到着すると店内はごった返しておりました。
停電のため予備電源で一台のレジだけで稼動するお店。
大行列のレジの列。私も並んでおりました。
ふと私の前に並んでいる人を見ると、
7歳くらいの女の子が、3,4歳の男の子の手をギュッと握り締め、
パンとお菓子と可愛いお財布を持っていました。
その幼い兄弟を見るとお姉ちゃんは今にも泣き出しそうなのに、
弟のために泣かずに頑張ってます。
私は「どうしたの?お父さんとお母さんは?」
っと聞くと、
女の子は「お仕事。いつもは帰る時間だけど帰ってこない」
と泣き出してしまいました。
そして弟がお腹が空いたと泣き続けるので、
自分のお財布を握り締め、始めて自分達だけで
買い物に来たとのこと。。。
私はパスタとおにぎりと、お菓子とジュースを持ってきて、
レジの列の皆さんにお願いし懐中電灯を譲っていただき、
購入してその子達に持たせました。
女の子は「でも・・・、知らない人からもらっちゃダメって・・・」
っというので、
「そこの○○ってお店屋さん知ってる?おじちゃんはそこの人だよ」
「ってことは知らない人じゃないからね」
っといって、今度パパ、ママと遊びに来るように言いながら、
その兄弟と手を繋いでお家まで送りました。
最後に「お姉ちゃん、本当に偉かったね。必ずパパ、ママは帰って来るから、
鍵をかけて、外に出ずにいい子に待ってるんだよ」と伝えました。
そして両隣のお宅に声を掛け、「子供達2人だけでいるのでお願いします」
と伝えお店に戻りました。
後日その子供達からお手紙をもらい、今では宝物です!
人と人の繋がり、地域というコミュニティー、譲り合い、絆・・・。。。
私たちは東日本大震災で何を学んだでしょう。。。
多くの方々がお亡くなりになり、その方々の命を託され、
意義のある生き方ができているでしょうか?
あれから1年。。。
今一度、これからの自分、人との関係、未来の日本について
考えてみようと思います。