置かれた場所で咲きなさい-その2- | のらさん~世間はつらいよ~

「置かれた場所で咲きなさい」


このタイトルの意味が本当に素敵なのです。



著者の渡辺和子さんは36歳でノートルダム清心女子大学の三代目学長に任命されました。

この学長就任はあらゆる面で異例の出来事だったそうです。

歴代の学長は初代も二代目もアメリカ人で70代後半。

しかし渡辺さんは半分の年齢にも満たないほど若く、岡山という土地も初めてで、この大学の卒業生でもなく、縁もゆかりもないまったくの未経験者だったそうです。

このような状況の中、渡辺さんは自信を喪失し、また周囲に対しても敵意みたいなものを感じてしまい大変苦しんでいました。

そんな時、一人の宣教師が一遍の詩を送ってくれました。その詩に書かれている最初の一行が「置かれたところで咲きなさい」という言葉だったそうです。

このことをきっかけに渡辺さんは考えを変えました。

「置かれた場に不平不満を持ち、他人の出方で幸せになったり不幸せになったりしては、私は環境の奴隷でしかない。人間と生まれたからには、どんなところに置かれても、そこで環境の主人となり自分の花を咲かせよう。」 -本文より-




「置かれた場」というのは、現在の自分の境遇です。

結婚、就職、子育て、こんなはずじゃなかったと悩み、理不尽、不条理な仕打ちや信じていた人からの裏切り、憎しみの感情に苦しむ。

この境遇を変えることはできません。しかし、この境遇の中でもつらい状況の捉え方を変えることで自分の生き方を変えることができます。


「咲く」というのは、そういったつらい境遇の中でも笑顔で幸せに生き、周囲の人々をも幸せにすることです。

神様がその場所にあなたを置いて良かったと思うように、自分が幸せになり周りの人も幸せにできるほど自分が強くなることです。




私は、
他人の出方で幸せになったり不幸せになったりしては、私は環境の奴隷でしかない」という一文にハッとしました。

自分が幸せとか不幸だとか感じることは、自分の感情が決めた結果であり、その結果に導く原因が他人の言動や行動だったら、せっかく今生きていることがもったいないと思ったのです。

なぜ、自分がこの親のもとから生まれ、この時代の日本という国に生まれてきたのか、この境遇は変えられないからきっとそうでなければいけない絶対的な意味があるはずなのです。

だから、今私はここにいる。

どんなにつらくても、ここで起こることを乗り越えることが私が生まれてきた理由。

そう思うと、生きていることってすごいことで、いま自分がいる環境も自分の意にそぐわないものでさえ、自分がこの世に生まれた絶対不可欠な要素だと気付いたのです。

自分が今この場に生きていることに感謝し、つらいことも自分が強くなるために臨んだ試練としてありがたく受け留めたいと思います。


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