魂の守護者:”審判の剣”を持つ天使
エヴァンは血液でガチガチに固まった衣服を纏って立っていた。
特に背中にはいくつも穴が開いている。攻撃を受けたあとだろう。
この男の子はわたしよりもっと怖くて辛い思いをしていたんだわ。
「こんにちは・・・・・」
エヴァンはぎこちない。目の奥に鋭い剃刀のようなものがあって、それでケイティを見ているような冷たくて、近づけば切り裂かれそうな少年の目。
「わたしが剣もっているから警戒しているの?」
「それもあるけど、君、ここにいるってことは死んだんだね」
「そうみたい」
「俺はここで死んで、もっていたものはすべて、着るもの以外消えたというのに。きっと死んではいけなかったんだよ。一体何をしたんだ?」
「わからない。・・・・・いいえ、大好きな人を追いかけようとしたの。でもわたしではダメだったみたい。ひとりで旅に出た途端死んでしまったわ」
そうよね。もう死んだのだもの。悲しいとか辛いとかなくなったみたい。
こうやって知らない、一目で恐ろしくなるくらい傷だらけの男の子を見ても怖いと思わないんだから。
なんで、とかではないの。
不意にエヴァンが貝殻を差し出してきた。
「・・・・・かわいい。わたしがいただいていいの?」
「うん」
警戒を解いてくれたらしい。
「でも頼みがある。俺の友達になって」
「いいわ」
「友達も家族もダイナマイトで吹き飛ばされてもうどこにもいない。それに俺も死んだみたいだしさ。なのにここから動けない1,500年前から」
「あなたここにそんなに長くいるの?!」
みつめていた貝殻を取り落としそうになるほどの驚きだった。
「ここは橋の中間。ここで、俺は死んだんだ。向こう側に辿り着ければ、俺のもってる情報を伝えるべき奴らがいた。悔しいけど、そいつらではないとどうにもならなかったことなんだ」
「向こうに行けたらエヴァンはどうなるの?」
「・・・・・・きっと本当の意味で死んで魂が神様のところに行くんだろうね。行けないからここで止まっているのかな?」
ケイティは自分が剣を腰に差していることを思う。
わたしはこうして武器を持っている。何かが、できるわ。
「エヴァン、向こう側に行きましょう。そこで何が待っていても平気。わたしは剣を持っているから闘える」
(そう、何が来たってもう怖くない)
「行きましょう。お友達でしょう。一緒よ何も怖くないわ」
ケイティは自分からエヴァンの手を握って、導くように橋の中間、その先へと進んだ。
「信じられない! 今までどんなにしてもここから先へ行けなかったんだ・・・・」
「きっとひとりでは寂しかったのよ」
(わたしも、そう)
そして。
こうして何か理由があって天に昇れない魂を神様のところへ連れていってあげるわ、これからは。
自分でも不思議なほど、その考えはごく当たり前のように浮かんだ。
剣がある限り。怖い思いをして失敗をしてそうやって学んだ。
すべては経験。
恐れない。迷いもない。
もうすぐ橋を渡りきる。城が見える。
かつてはここに、誰が住んでいたのだろう?
(・・・・・まるで天使ね。意外すぎるわ。お頑張りなさいな。武器は人を攻撃するものだけど、そこにが”勇気”が加われば人を守る強い仲間となる)
ケイティには聴こえない声。
そしてケイティの剣には名前がつけられ、さらなる力を得た。
(その剣を目当てにくる輩も現れるかもしれない。気をつけて・・・・・・)
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SWORD OF JUDGEMENT
魂の還る国
「寂しい場所ね」
ケイティが気がついたのは自分のいる位置、場所、そして命。
半年前、サムソンの師匠であるウィルソンに、剣の稽古をつけてもらうため、と”ペケージャル”を旅立った。
ウィルソンの住む”バコスタ島”へ行くための海底トンネルは、果たしてどんな場所だったのだろうか? そう思う。
ケイティは知らされていないものの、剣術のスキルを身につける代わりに与えられたペナルティ、”感謝の気持ちを忘れないこと。それは三回まで”は、まだ一回しか破っていない。
それ以前の問題なのだ。
トンネルの入り口付近で、生まれて初めてモンスターと遭遇し、剣術の技能を試すことなく死んでしまった。
元から技術がどうという問題ではなかった。初めて遭遇したモンスターに心も体も恐怖で強張り、指先ひとつ動かすことはかなわなかった。
ゴルドの「剣を握レ! ケイティ、ケイティ!」そんな悲痛な声とサムソンの顔を思い浮かべながら、ケイティはモンスターの突然の体当たりひとつで、宙に飛ばされ、岩場に全身を強く打ちつけられ、そこで絶命した。
最期に聴こえたのはゴルドの声。「死んだんだ・・・・そのはずだわ」
でも剣はある。
肉体は幻のようで、感覚というものが欠けている。
ゴルドを捜そうか? どうすればいいのか。
”死”という現実は受け入れられた。人は肉体が死を迎えると、こうやってしばらく”意識”だけの存在になるのか?
いまとなっては、わかってもどうにもならないが。
剣が手にあるということ。
彼女はまだペナルティを一回しか冒していないため、肉体は滅びても、まだ剣術だけは残されている。
つまり。
死んでも、まだ何かできるということ。
「畜生・・・・お父さん、お母さん・・・・・」
「あ・・・・・・」
少年の声が聴こえた。誰だろうか?
行ってみよう。
人にはもう見えない姿となったケイティは剣を握って、声のする方角へ向かった。
その先にどうやら城があるようだ。そしてここはリースロット大陸ではない土地であるらしい。なんとなく、感じた。
橋の中間には少年が立っている。
声の主は彼だろうか。
遠目にも怪我を負っているのがわかる。そして疲れきった様子でそこに立ち尽くしている。
「ねえ! 聴こえる、あなた、ここで何しているの?」
ケイティは少年に向かって大きく手を振ってみせた。
少年は驚いたようにケイティを見た。
「ここに人がくるなんて・・・・・」
少年は驚きを隠せない。
「わたしはケイティっていうの! あなたは?」
「・・・・エヴァン・・・・・」
「近くに行ってもいいかな?」
「・・・・・いいよ」
ケイティは橋を渡り始めた。
サムソンの恋人
サムソンとリリスが恋仲になるまで、それほど時間はかからなかった。
彼は完全にケイティのことを忘れたわけではないが、異国の地にきて、これまで自分の民族だけに”人”というものを見てきた自分に驚いた。
リリスは奔放に見えて、「この人」と決めたら惜しみなく愛を注ぐ女だった。
幾度も出会いと別れを繰り返したと笑って話すが、情熱的であればこそ、愛を失ったときの喪失感は大きかったはずだ。
それでも笑顔で暮らしているのは、いつでも出会いの準備ができているからだろう。
あれから半年が過ぎたが、カーラはもちろんのこと、サナでさえもみつからない。
はじめにケイティの瞳の色を思い出せなくなったときのショックは忘れられない。おまけに、いまでは髪の色も顔形も思い出せない。
なんとか記憶に浮かぶのは、ケイティという17歳になっているはずの恋仲であったと思われる娘と、ペケージャルで共に暮らしていたということだけ。
だから、そこに愛情まで思い出せというのは無理だった。
そしてその記憶すらも日に日に薄くなってゆく。
いつか自分は「ケイティ、て誰だったんだろう?」そんなことを言うのだろうか。
いま、サムソンの愛はリリスに向けられている。
「カーラっていう女の人はね、きっとわたしたちが思う形では存在しないと思うわ。だから普通に捜したのではみつからない。母様のお友達に任せてみるのもいいって、昨日家で話したの」
そんなことをリリスは言った。
ここ数ヶ月で、サムソンは彼自身のことをあらかた話したので、リリスはカーラがサムソンの恋人ではないと理解した。そうやって落ち着いたところで、一緒に捜すとまで言い出した。
リリスは”夜魔”であり、ミリアムの娘であって人間ではない。
人里で過ごすときは衣服を纏っているが、ほぼ一体化している彼女の使い魔である”蛇”を身に絡め、愛でているときのほうが気が楽だった。
サムソンはその姿をむしろ美しいと思ったし、それを見て驚かないサムソンにリリスは安堵した。
皮表紙の本。”魔術書”はミリアムが保管している。
「いまは二人の時間を大事になさいな。これからきっと大変なことが起こります。なら身構えるのではなくそれまでの時間を大切にね」
ミリアムはそう二人に告げて、”魔術書”を手に、ひとり”石の遺跡:ロカス”に行くと言った。古い友人がいるのだという。
そしてその友はこれから世界に起こることをきっと知っているだろう、と。
しかし”ロカス”は石と砂の不毛の地。
かつてサナが修行の地に選んだ場所だ。
リースロットの神が生まれたのもその地であるという伝説もある。
「わたしは母様を愛している。でも、なぜ歳をとらないのか。それはわたしも同じだけど・・・。何かあるのね」
「俺と同じで人間なのだろう、君の母上様は」
「そう言ってたわ。でもどうしてかわからないって。きっと神様だけが知っているのかも」
「”魔”に生まれているのに神様かい?」
言ってサムソンは慌てる。厭味を言ったつもりはないが、そう聴こえても仕方ない問いかけだった。
リリスはなんにも感じていないらしく、
「そうなる必要があったんだと考えているの。それに母様がわたしを愛しているのなら、もうそれで十分なの」
そう答えて笑う。
サムソンを安心させる笑顔だ。
気難しいサムソンは、リリスによって自分を縛り付けていた「こうあるべき自分」という勝手に作り上げて自ら苦しんでいた鎖をひとつひとつ、解かれていくことに幸せを感じていた。
この幸福を守るためなら、また戦いに身を置くことも辞さない。
そして生き残る。
「自分が幸福に生きていなければ、愛する女性を幸せにはできない」
そうサムソンは思っている。
書物に翻弄される者たち
問題はこの本です。
本編のタイトル通り、現在はサムソンの手にある”皮表紙の本”がテーマです。
魔術書と呼ばれるまま、そこには様々な魔法の呪文が記されています。
ポイントは解読ができること。どの部分が”術として使える単語なのか”を理解すること。
それらを把握し、さらに”魔力”をもって生まれてきた者ではないと魔法は決して使えないということ。
サムソンが持つことになったのは他でもない。
解読不可能。魔力なしであるから。
かつてサナが使おうとした破滅の魔法”TU FUI, EGO ERIS. ”も、ミリアムの唱えた”転移の術”もここに記されています。
でも。
本当にこの書物を必要としているのは誰なのか。
いずれにせよ、欲のある人間が利用する可能性は高い。
守る必要もある。もしかすると、誰も危険な魔法を使わないように、書物を灰燼に帰すという考えもあるのです。
ミリアムは今、ページを捲っています。
穏やかな日々は当分おあずけだと感じながら。
まさか争奪戦が始まるなんて。
サナくらいでしょう、知っているのは。
彼女を捜さなくては。
捜すのはカーラだろう、と? それは彼女はサナと魂を共有しているから。
そしてサナはサムソンとの戦闘で肉体を失い、その後は行方もわからない。
とりあえずはカーラを捕らえて、分かれた魂を強引にでも呼び寄せれば・・・・・。
彼女は魔法使いなのだから。
1,500年も昔から、人は一向に変わらないですね、アダム。
最強なりウィルソン小隊
記憶は火山。
神が怒っているかのように国全体が燃えていた。
島に残した恋人は心配だったが、今は戦だ。
ウィルソン・フィッテパルディは数百の戦士の中から選ばれた四人の中のひとり。
自分は強い。大丈夫だ。
自分に言い聞かせないと、実際のところ立っていることすら恐ろしかった。
訓練でモンスターと戦うことなどなかった。これは戦ではないのか?
ここ”炎の聖地:ペケージャル”は故郷のバコスタ島から海底トンネルと繋がっている。つまり島から海路以外のこうした方法で大陸に渡ると、そこは炎の国なのだ。
問題は使命だ。自分たちと同じようなレンジャー部隊が、リースロットからやはり海底トンネルを使って攻めてくるというのがウィルソンたちの部隊が得た情報だった。
しかしそこに待っていたのは人間の姿をしたものではない。
最初に見たのは恐ろしい火山の噴火と、すでにモンスターの餌食となった本来の敵・ペケージャルの小隊。
「これは地獄だ! どういうことなんだ?」
叫んでいた。
仲間たちも同様に混乱している。
必ず帰ると約束した恋人の顔が一瞬浮かんで、消えた。
ウィルソンにモンスターが襲い掛かった。
反射的によける。鉤爪をもった異形の姿。でも負けない。生きるのだ。
すぐ横で、仲間が倒れた。攻撃をよけきれず、モンスターの一閃をまともに喰らい即死していた。
自分は生きる。
ウィルソンは素手で戦うことが専門である。それが何か。日頃の鍛錬の結果を知ることができるではないか。
自分はモンスターより強い。それを証明する。
島では恋人が待っている。死ぬことはできない。
夢はいつもそこで終わる。
しかしウィルソンにとっての本当の地獄は、その後の人生で待っていた。








