サムソンの恋人
サムソンとリリスが恋仲になるまで、それほど時間はかからなかった。
彼は完全にケイティのことを忘れたわけではないが、異国の地にきて、これまで自分の民族だけに”人”というものを見てきた自分に驚いた。
リリスは奔放に見えて、「この人」と決めたら惜しみなく愛を注ぐ女だった。
幾度も出会いと別れを繰り返したと笑って話すが、情熱的であればこそ、愛を失ったときの喪失感は大きかったはずだ。
それでも笑顔で暮らしているのは、いつでも出会いの準備ができているからだろう。
あれから半年が過ぎたが、カーラはもちろんのこと、サナでさえもみつからない。
はじめにケイティの瞳の色を思い出せなくなったときのショックは忘れられない。おまけに、いまでは髪の色も顔形も思い出せない。
なんとか記憶に浮かぶのは、ケイティという17歳になっているはずの恋仲であったと思われる娘と、ペケージャルで共に暮らしていたということだけ。
だから、そこに愛情まで思い出せというのは無理だった。
そしてその記憶すらも日に日に薄くなってゆく。
いつか自分は「ケイティ、て誰だったんだろう?」そんなことを言うのだろうか。
いま、サムソンの愛はリリスに向けられている。
「カーラっていう女の人はね、きっとわたしたちが思う形では存在しないと思うわ。だから普通に捜したのではみつからない。母様のお友達に任せてみるのもいいって、昨日家で話したの」
そんなことをリリスは言った。
ここ数ヶ月で、サムソンは彼自身のことをあらかた話したので、リリスはカーラがサムソンの恋人ではないと理解した。そうやって落ち着いたところで、一緒に捜すとまで言い出した。
リリスは”夜魔”であり、ミリアムの娘であって人間ではない。
人里で過ごすときは衣服を纏っているが、ほぼ一体化している彼女の使い魔である”蛇”を身に絡め、愛でているときのほうが気が楽だった。
サムソンはその姿をむしろ美しいと思ったし、それを見て驚かないサムソンにリリスは安堵した。
皮表紙の本。”魔術書”はミリアムが保管している。
「いまは二人の時間を大事になさいな。これからきっと大変なことが起こります。なら身構えるのではなくそれまでの時間を大切にね」
ミリアムはそう二人に告げて、”魔術書”を手に、ひとり”石の遺跡:ロカス”に行くと言った。古い友人がいるのだという。
そしてその友はこれから世界に起こることをきっと知っているだろう、と。
しかし”ロカス”は石と砂の不毛の地。
かつてサナが修行の地に選んだ場所だ。
リースロットの神が生まれたのもその地であるという伝説もある。
「わたしは母様を愛している。でも、なぜ歳をとらないのか。それはわたしも同じだけど・・・。何かあるのね」
「俺と同じで人間なのだろう、君の母上様は」
「そう言ってたわ。でもどうしてかわからないって。きっと神様だけが知っているのかも」
「”魔”に生まれているのに神様かい?」
言ってサムソンは慌てる。厭味を言ったつもりはないが、そう聴こえても仕方ない問いかけだった。
リリスはなんにも感じていないらしく、
「そうなる必要があったんだと考えているの。それに母様がわたしを愛しているのなら、もうそれで十分なの」
そう答えて笑う。
サムソンを安心させる笑顔だ。
気難しいサムソンは、リリスによって自分を縛り付けていた「こうあるべき自分」という勝手に作り上げて自ら苦しんでいた鎖をひとつひとつ、解かれていくことに幸せを感じていた。
この幸福を守るためなら、また戦いに身を置くことも辞さない。
そして生き残る。
「自分が幸福に生きていなければ、愛する女性を幸せにはできない」
そうサムソンは思っている。

