真説ミリアムの魔術書・武術家たちの誇り (THE REAL FIGHTERS)  -35ページ目

WHO ARE YOU ?



円卓に二人の女が座している。

その部屋には三人の女が集まっていたが、うちひとりはカウチで眠っている。


その女たちはそれぞれが異なる容姿、心を持ちながらも同一人物である。


メインはサナという気性の荒い泣き虫。すべてが敵に見えて、勝つか負けるか。生きるか死ぬかでしかものを考えられずに生きてきた。


”Bruja:ブルッハ”という女がここでは物語の語り部だった。


人の心を引き受けたのはカーラという女。




「サナは眠っているわ。正しくはこの世界の本当の住人ではない、異世界の女」


カーラは静かに言う。


なぜなら。

現実にいま、サナである女、そしてこの世界にいるサナは眠っている。


「ブルッハ。もうこの世界はないのよ。

サナは混乱しながらも冷静で、なぜいま自分が混乱しているのかを理解している。だからこそ悩むのよ。

ミリアムに魔術書を灰にさせたのもサナよ」


ブルッハはここで語り部を任じられた。

サナである異世界の女に。


サナは眠り薬によって現実、眠っている。


彼女はリースロットに生きる者たちを次々に消してゆく。



「起こしてはいけない、危険と思っているの? わかるわ。わたしだもの、サナは」


そう言うとカーラは立ち上がる。

円卓には三人分のコーヒー。


すっかり冷めている。

芳ばしさも湯気も消えたコーヒーはなんて寂しいのだろう。


そう”寂しい”。


「ねえ、眠っている者がどうしてこの世界をいま動かすことができるの?」

円卓に両手をついて、カーラは身を乗り出してブルッハを攻める。

瞳には怒りが浮かんでいる。


「わたしが聴きたい」


ブルッハは冷めたコーヒーを一口。まずは舌を滑らかにしなくては。

それがどんなに冷たいものでも。


役に立つものね。


「ゴルドは?」


「あんたが語り部でしょ? わからないの、魔女さん」


「あなただって魔女」


「わたしはここでもう一人の分裂したサナであり、役割は魔法使いよ」

カーラは完全に冷静さを失っている。


「猫のゴルドはサナと闘いたくない。

だから、ウィルソンとジュノーから始末することにしたのよ。・・・サナがね。

語り部の魔女”Bruja;ブルッハ”様もメインである女の前では赤子のようなものなの」

それだけがブルッハに言えること。


だいたい、”Bruja;ブルッハ”とは誰なの?

カウチで眠るサナ。

起きる気配はない。


やっと眠れたと安心して、それでいて翌朝少し落ち込むのだろう。

眠り薬でもって眠った夜に。


「起こしますか? サナを」


「やめましょう。いまの状態は現実を生きるサナにとってプラスにはならない」


ブルッハはもう一口コーヒーを飲んだ。


朝と昼と夜と。


サナは何を考えている。


きっと本人にもわからない。


三人で一人の魂。


ミリアムの決意


これまでの何代もの統治者たち、リースロットの神。

これがわたしの答えです。




不毛の地で、最後の統治者ミリアムは、”魔術書”を一枚一枚破いて炎の中に投げ込んでいた。


「この書物はわたしの代で終る。そして統治者という人物も、わたしで終わり。リースロットはこれでひとつ、自由を得た」


言葉は、それだけ。

病魔の中の笑顔


ケヴィン・ナッシュは相変わらずコルシオンにいる。

理由はバコスタ島行きの船を待っているから。


マグノリアにとってはお兄さんができた気がしていたので、それは少し嬉しかったが、次にここへくるのは海賊船である。

この混乱したリースロットでは、そんなものでもないと、船はやってこない。


皮肉にも、日ごろ警戒している輩からでしか物資を買い取ることができないのが現状なのだ。


マグノリアはなんとなく気になっていた。



ケヴィン・ナッシュは日に三度様々な薬を服用している。

食事もあまり摂っていないように見えた。


「船がくるまでどれくらいかな?」


コルシオンの住人はやや呆れ気味だ。


ケヴィン・ナッシュは”破滅の魔法”を唱えたサナの実兄だということを、あっさりと認めている。

コルシオンはほとんど損傷のない地域ではあるが、そんな危険な女の兄とは何者か? 飲んでいる薬も、何かの魔法を使う準備ではないのか?


人はひとつの疑問を抱くと、またひとつまたふたつとその疑念を増やしていくものだ。


住人は言った。

「あんたが飲んでる薬が何か教えてくれたら、次の船がくる場所に案内してやる。とんでもねえや、海賊船だぜ? 乗りたいか?」


海賊だぞ?

念を押す。


もう聴いたよ。

答えるケヴィン・ナッシュ。


「俺は体が悪いんです。だから毎日薬がいる。体の中で栄養分を吸収する機能がどうにもおかしい。だから肉、魚、野菜、すべて厳選しなければ食べられない」


平然としている。何度となく繰り返した説明なのだろう。


背は高いが明らかに痩せている。それどころか「痩せすぎ」だ。


「でも何にもダメってわけでもない。そこは慣れなんですね。これは平気、今日の体調ならこれ、大丈夫そうって。だから肉を食べる日もあるよ。たまーにだけどさ」


そう言って笑う。


悪魔のようなサナの兄は、体に何かを抱えてそれでも笑って生きている。

苦しいときもあるが、その姿を人には見せないと言った。


「苦しい奴見て楽しいわけないです。ところで船は?」


「・・・・・案内しよう。マグノリアはここに残れ」


「元気でね、ありがとうマグノリア」



お兄ちゃん行っちゃうのか。

マグノリアはがっかりした。でもきっと、ついて行ってはいけない。


「そうだよ。いい子だね、ここからは本当に危険だよ。きっとサナより海賊の方が安全さ」


「ええ??」


心の中で思っただけなのに。



「薬足りるかな。こんな世界にいる間は勘弁だね」


ケヴィン・ナッシュは二日後、コルシオンを発った。



殺戮



幻が見えた。


いままで話していた人魚の半身が、恐ろしい蛇の姿に変わった。そう見えるだけで、人魚は美しい姿のまま、きっと目の前にいるのだろう。


様々な思いが去来した。


最強と呼ばれたかつての小隊。得た地位。

恋人を忘れ、旅立った地で出会った娘と結ばれたこと。

授かったはずの子供は生まれたときには死んでいた。いまでは性別すら思い出せない。


そもそもそんなことまで自分は確認しただろうか?

妻は難産の末、そのまま死んだ。


ウィルソンは妻と子供の両方に突然去られた。


忘れてはいけない。


そのずっと前に、ジュノーという娘を自分は棄てたのだ。


愛してはいた。


島を出て、リースロットのペケージャル地方復刻のために力を尽くした。

ジュノーはもう自分を忘れている、きっと。


しかし、彼女は待っていた。


ウィルソンが気づかなかっただけで、事情を知った彼女はウィルソンに呪いをかけた。



・・・・・・どうしたのか。意識が薄れる。

背面全体に痛みが走った。


「ああ・・・・・そうか・・・・」



美しい人魚は静かにウィルソンを見ていた。


ウィルソンがジュノーの手にした短刀で、後ろから首を貫かれた姿。


かつての最強の男は、恋人に殺された。


白金の髪のジュノーは、決してウィルソンを赦すことはなかったのだ。


その短刀こそ、かつてロバートが鍛冶屋に造らせた一品。


”Robert”。


そう刻まれている。


「神よ・・・・・」

お許し下さい。


そう続けるより先にウィルソンの命は消えていた。


そのかわり、ウィルソンは永遠に年老いた姿で生きるという呪縛から解放された。



ジュノーの心は人魚だけがわかっていた。



裏切りの代償




ウィルソンはサナから一旦離れ、数百年振りで”人魚の洞窟”を訪れた。


「覚えているわ・・・あなた、変わりませんことね」


人魚は言う。

数百年前と変わらぬ、若々しい姿で。


「ジュノーは私を赦していなかったんですな」


「当然と言えます」


人魚はウィルソンの方を見ようともせず沐浴をしている。


声は愛らしいが、内容は急所を針で刺すかのよう。


「あなたはあなたを信じていたジュノーを裏切って他の女性と幸せに暮らし、その人が亡くなった途端、彼女の許へ・・・なんて勝手。都合のいいこと・・・」


ウィルソンの望みは元の人間に戻り、やがて老衰で息を引き取ることだ。サナのことといい、リースロットの半壊といい、彼はあまりにも重い荷物を背負わされている。


不意に人魚が言った。


「そのサナさんに殺されてしまいなさいな。この不死の呪いから逃げられます」


(神よ・・・・)


身勝手なことはわかっていた。神に祈るとき、人間はあまりにも我儘だ。

ウィルソンはいまこの瞬間だけでも、ただの非力な初老の男だった。