5月のこと、毎年恒例の高知酒蔵巡りの旅の続き。
メンバーは、高知のかずみさん、そして訪問者は、しづちゃん、mayuさん、京さん、えみさん、私。
到着した酒蔵は、美丈夫を醸す濱川商店。
高知県で最も東にある酒蔵。
入り口の木の札には、”濱川金太郎商店”と書かれている。
江戸時代から明治にかけて廻船問屋を営み、木材を京阪神へと出荷していた濱川家の二代目、濵川金太郎が酒造業を創業したのは1904年(明治37年)。
創業時の銘柄は、屋号からつけた濱乃鶴。
1991年(平成3年)にリリースした吟醸酒シリーズの美丈夫が現在の主力銘柄となっている。
エントランスを入ると、営業担当取締役の北岡さんが迎えてくれる。
写真は、代表取締役社長の濵川尚明さんと営業担当取締役のの北岡隆志さん。
吟醸酒の美丈夫を造り始めたのは、四代目の濵川尚明さん。
(写真は「まるごと高知マガジン」からお借りしました。)
まずは、蔵の外観を見学。
こちらは増設された部分で、とてもスタイリッシュなデザイン。
左手前が新しい蔵、右奥が古い蔵。
昔は冷房装置がなかったので、二階建ての蔵に三層の窓が設置されている。
一段目の窓は発酵槽の下部に、二段目の窓は発酵槽の上部に風を取り込む位置にある。
窓の上には水切り瓦が設置され、雨水が窓から入り込んだり白壁を伝ったりすることを防いでいる。
続いて蔵の内部を案内していただく。
新しい蔵と古い蔵の境目には水切り瓦が残っている。
濱川商店の蔵は海岸にほど近く、仕込み水に塩分が入らないのか疑問だった。
北岡さんによると、仕込み水は奈半利(なはり)川の伏流水で、上流は安芸郡馬路村の勘吉森という森林地帯。
ここは日本屈指の多雨地帯で伏流水の水圧が強く、海水の逆流を防いでいるのだそうだ。
また水質は超軟水で、美丈夫の柔らかな飲み口を生み出しているとのこと。
これは甑。
昔は薪を炊いて蒸していたが、今は蒸気を使用。
どの蔵もそうだが、甑の上の屋根には蒸気抜きの天窓が付いている。
現在は発酵は全て温度管理が可能な12基のサーマルタンクで行われ、熟成はボトリング後に冷蔵倉庫で瓶内で行われている。
北岡さんの説明は丁寧で、質問にも的確に答えてくれる。
蔵に使われている木材は太く立派。
この木材は、高知県の県木”魚梁瀬(やなせ)杉”。
奈半利川上流に魚梁瀬地区があり、蔵がある地域は昔から製材の町として知られていた。
濱川商店の前身はこの魚梁瀬杉を取り扱う廻船問屋。
続いて二階の麹室へ。
昔は蔵人が蒸しあがった米を担いで二階に駆け上がっていたため、階段の勾配は緩やかで幅広に作られている。
五月後半で仕込は既に終了しているので、隅々まで案内していただけるのがありがたい。
この大きさが麹米を均一に作るのに適しているのだそうだ。
残念ながら製麹室はオゾン殺菌中のため立入禁止。
天井には大きなウインチが。
昔は蔵が手狭だったので、使用しない機器はウインチで巻き上げ、天井の梁の間に保管していたとのこと。
藪田式自動醪搾機は多くの蔵で採用されている。
素晴らしいのは室内が冷却されていること。
仕切り板の材質にも工夫が施され、搾りの工程で品質や香りに変化が起きないように管理されている。
こちらは酒母室。
樽が置かれていたので、最近流行っているワイン樽で日本酒を熟成させているのかと思ったら、焼酎とのこと。
酒粕を利用した焼酎造りを行っており、樽熟成させると綺麗な琥珀色に仕上がるとのこと。
でも色が濃くならないように国税庁から指導されている。
色が濃くなるくらいに熟成させるとウィスキーと変わらぬ味わいとなるためで、税率が安い焼酎が税率が高いウィスキーに取って代わることを防ぐためなのだそうだ。
これが、焼酎の蒸留装置。
続いては、ボトリング工程。
これは瓶の洗浄機。
そしてボトリングマシン。
奥にあるのは、スパークリング酒の醸造タンク。
増築部分に面した古い蔵の外壁にも、水切り瓦。
壁の色が黒く煤けているのは、第二次世界大戦中に白い外壁を黒く塗っていた名残。
瀬戸内海の工業地帯を爆撃したB29が、帰り道に使い残した爆弾を高知に落としていくので、標的にならないように黒く塗っていたのだ。
驚きは、複数ある冷蔵貯蔵庫の規模。
室温は約2℃。
熟成は瓶内で行うので貯蔵本数は多く、14万本が貯蔵されているとのこと。
蔵見学を終えた後は事務所に戻り、試飲に臨む。
友人たちとの楽しい高知酒蔵巡りの旅は続きます。























