5月のこと、ちぃさんと上野で待ち合わせ。
公園口を出ると、五月の青空に迎えられる。
平日の午後にも拘わらず、多くの人出。
修学旅行の生徒たちの姿も。
今日は「国立西洋美術館」で絵画展”西洋絵画、どこから見るか?”を鑑賞しに来た。
ポスターは二種類あるようだ。
”西洋絵画、どこから見るか?-ルネサンスから印象派まで”は「サンディエゴ美術館(SDMA)」と「国立西洋美術館(NMWA)」の共同企画展で、両美術館所蔵の88作品が展示されている。
サンディエゴから出展される49点(常設展示場で展示される5点を含む)は全て日本初公開。
「サンディエゴ美術館」はアメリカ西海岸では最も充実した西洋絵画の収集で知られ、スペイン人が造った街だけあり、特にスペイン絵画の所蔵数が多いのだそうだ。
サンディエゴには何度か行ったことがあるが、美術館に足を運ばなかったことが悔やまれる。
ル・コルビュジエ設計の「国立西洋美術館」を撮影。
入場券をスマホで示し、展示室に進む。
前売り券は4ヶ月前に購入。
今は日時指定は不要。
展示は四つのChapterに分かれている。
嬉しいことに、個人使用目的での写真撮影は可能。
SNSでの発信が禁止されている作品には”禁SNS”のタグが付けられている。
記事が長くなるが、見逃された方のために可能な絵は全作品をアップ。
まずは”どこ見る”ポイントをチェック。
第Ⅰ章はルネサンス。
H.P.の説明を添付。
話しは逸れるが、私が学校で学んだ時は”ルネサンス”ではなく、”ルネッサンス”だった。
原語で見ると”Renaissance”で、”SS”なのでイタリア語読みをすると撥音便になる。
でも、これはフランス語で、フランス語読みでは”ルネサンス”がより原語に近い。
因みにイタリア語は”Rinascimento”。
素人としては、イタリアを中心とした芸術活動なのに何故イタリア語を使わないのか不思議。
理由をご存じの方がいらっしゃったら教えていただきたい。
作品群毎に詳しい説明があるので、鑑賞しやすい。
ルネサンス期には聖堂内部を飾る多くの宗教画が描かれた。
今回展示されている作品は、聖堂の改修等により祭壇から切り離されたもの。
ジョット「父なる神と天使」(1328-35年頃)テンペラ/板 SDMA
目玉展示の一つ。
ルカ・シニョレッリ「聖母戴冠」(1508年)油彩、テンペラ/板 SDMA
フラ・アンジェリコ「聖母子と聖人たち」(1411-13年頃)テンペラ/板 SDMA
前の二作品と異なり、これはフィレンツェの名家、アルベルティ家の一員の私的な信仰のために制作された作品。
ルイーニはミラノの画家で、同地に長く滞在したレオナルド・ダ・ヴィンチの影響を強く受けたレオナルデスキ(レオナルド派)の画家の代表格。
ベルナルディーノ・ルイーニ「マグダラのマリアの回心」(1520年頃)油彩/板 SDMA
マグダラのマリア(豪華な服装)が慎み深い姉のマルタ(質素な服装)に諭され、回心する場面。
マリアが左手を添えているのは、香油壺。
イタリア・ルネサンス絵画では、胸壁の向こう側に立つ聖母子の構図が好まれた。
ここでは15世紀に描かれたヴェネツィア絵画と16世紀に描かれたフィレンツェ絵画が対比されている。
カルロ・クリヴェッリ「聖母子」(1468年頃)油彩/板 SDMA
ヴェネツィア絵画では、胸壁を描くことで観るものとの間に境界を設け、光輪を持つ聖母子が聖なる存在であることが強調されている。
アンドレア・デル・サルト「聖母子」(1516年頃)油彩/板 NMWA
一方のフィレンツェ絵画では聖母子は写実的に描かれ、胸壁は聖母子の世界と観るものの世界を繋ぐ役割を担っている。
16世紀前半のヴェネツィアで活躍したヴィンチェンツォ・カテーナの聖母子像二点の見比べ。
ヴィンチェンツォ・カテーナ「聖母子と幼い洗礼者聖ヨハネ」(1512-15年頃)油彩/板 NMWA
背景に描かれているのはヴェネツィアのサンタ・マリア・フォルモーザ聖堂の広場。
赤外線写真調査で、元々はここに山や木々の自然が描かれていたことがわかっている。
注文主の意向で書き直されたと推定されている。
ヴィンチェンツォ・カテーナ「聖母子と聖アンナ」(1520年頃)油彩/板 SDMA
聖家族が描かれた絵画で、左からヨセフ、幼児キリスト、マリア、マリアの母アンナ。
ヴェロネーゼは、ティツィアーノ、ティントレットと並んで、ヴェネツィア・ルネサンスの三大巨匠。
ここでは故郷ヴェローナで描いた初期の宗教画とヴェネツィアで描いた円熟期の神話画を見比べ。
パオロ・ヴェロネーゼ「聖カタリナの神秘の結婚」(1547年頃)油彩/カンヴァス NMWA
聖カタリナは4世紀初頭に殉教した聖女。
幼子キリストを抱くマリアの傍らに跪くのが、聖カタリナ。
キリストと結婚する幻を見たことから、既にキリストの花嫁であるとしてローマ皇帝マクセンティウスの求愛を断り、斬首された。
パオロ・ヴェロネーゼ「アポロとダフネ」(1560-65年頃)油彩/カンヴァス SDMA
もっとボケてしまった。
確かに良く絵を観ると、ダフネの手と足が木に変身している。
ダフネはギリシャ語で月桂樹。
アポロンに求愛された男嫌いのニンフ、ダフネは月桂樹に姿を変えてしまう。
これも人気の題材だ。
人気のヴェネツィアの巨匠ティツィアーノはヨーロッパ中の王侯から作品を所望され、大工房を率いて作品を描いていた。
このサロメの絵でも書き直しや修正の跡が認められ、助手たちが描いた絵をティツィアーノが仕上げていたことがうかがえる。
ティツィアーノ・ヴェチェッリオと工房「洗礼者ヨハネの首を持つサロメ」(1560-70年頃)油彩/カンヴァス NMWA
流石ティツィアーノ、細部に至るまでサロメの存在感が際立っている。
サロメは多くの画家、例えばカラヴァッジョ、ベルナルディーニ・ルイーニ、時代は下ってクラナッハやレンブラントも描いているが、こんなにふくよかなサロメは他に居ないのでは。
ティツィアーノには申し訳ないが、肉屋の女将さんみたいだ。
ティツィアーノは他にもこの題材で描いているが、いずれもこれほどふくよかではない。
ジョルジョーネはヴェネツィア絵画における盛期ルネサンス様式の創始者で、ティツィアーノなど、その後のヴェネツィア絵画の発展に決定的な影響を与えた。
ジョルジョーネ「男性の肖像」(1506年)油彩/板 SDMA
16世紀初頭にこれだけ写実性の高い絵が描かれているとは驚き。
ヴェネチア派の革新者と呼ばれる意味がわかる絵だ。
同時期にレオナルド・ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」が描かれており、本作は「サンディエゴのモナ・リザ」とも呼ばれている。
ヤコボ・ティントレット「ダヴィデを装った若い男の肖像」(1555-60年頃)油彩/カンヴァス NMWA
ヤコボ・ティントレット「老人の肖像」(1550年頃)油彩/カンヴァス SDMA
この絵は、リコルドと呼ばれる一種の習作。
15世紀から16世紀、ネーデルランドの絵画とその様式はスペインなどのイベリア半島の絵画に大きな影響を与えた。
多くの絵画がスペインへ輸出され、またネーデルランドの画家がスペインに出向いて絵画を制作し、そしてスペインの画家がネーデルランドの絵画様式を受容しイスパノフラメンコ絵画と呼ばれる絵画様式を生み出した。
バルトロメ・ベルメホ「聖エングラティアの捕縛」(1474-77年)油彩/板 SDMA
イスパノフラメンコ絵画の代表作。
聖ルキア伝の画家「聖ヒエロニムス」(15世紀末)テンペラ/板
NMWA
以下は、いずれもスペインに輸出されたネーデルランド絵画。
右:ディーリック・バウツ(派)「荊冠のキリスト」油彩/板 NMWA
左:ディーリック・バウツ(派)「悲しみの聖母」油彩/板 NMWA
これらの絵は失われた原作の模写。
トレド近郊の修道院で保管され、教会聖職者に貸し出されていたようだ。
フランクフルトの画家「アレキサンドリアの聖カタリナの神秘の結婚」(1500-10年頃)油彩/板 SDMA
イーゼンプラントはフランドルで活躍した画家。
ここではイーゼンプラントの真筆作(サンディエゴ美術館)と帰属作(国立西洋美術館)が展示されている。
アドリアーノ・イーゼンブラント「聖母子と天使」(1510-20年頃)テンペラ、油彩/板 SDMA
こちらは真筆とされる作品で、イーゼンプラントの特徴が良く表れている。
アドリアーノ・イーゼンブラント(に帰属)「玉座の聖母子」油彩/板 NMWA寄贈作品
一方で帰属とされる作品で、聖母は最初の絵にそっくりに描かれている。
しかし背後の豪華な建築物は、イーゼンプラントの作風からは逸脱しているそうだ。
ネーデルランド絵画は細部描写や写実性が特徴。
その例として、ヨース・ファン・クレーフェの絵が展示されている。
また、道徳・教訓的な意図に基づいたグロテスクへの嗜好もあり、その例としてヒエロニムス・ボスの絵が展示されている。
ヨース・ファン・クレーフェ「三連祭壇画:キリスト磔刑」(1525年頃)油彩/板 NMWA
とても精緻に描かれている。
左右に描かれた男女は、この祭壇画を注文した寄進者。
背景は世界の色々な景色を詰め込んで描いたもので、”世界風景”と呼ばれている。
ヒエロニムス・ボス(の工房)「キリストの捕縛」(1515年頃)油彩、テンペラ/板 SDMA
この作品はヒエロニムス・ボス自身が描いたものではないが、当時流行画家だったボスの作風を忠実に再現している。
このコメントを見るまでも無く、キリストを捕えようとしている人々が実に邪悪に描かれている。
長くなったので、続きはまた明日。














































