上野の東京国立博物館で開催されている”特別展 ポンペイ”の鑑賞記の続き。
第2章は、”ポンペイの社会と人々の活躍”
ここではポンペイの裕福な市民の生活や嗜好を出土品から垣間見ることが出来る。
裕福な市民とは貴族階級だけでなく、解放奴隷や女性が才覚で富を得た人々も含まれ、古代ローマの自由で動的な社会が紹介されている。
「ブドウ摘みを表した小アンフォラ(通称”青の壺”)」(東京のみ) カメオ・ガラス
これは今回観たかった工芸品。
こちら側には音楽を奏でたり、ワイン造りに勤しむクピド達が彫られている。
青いガラスの壺に白いガラスを重ね、削り出して模様を作るというカメオ・ガラスの手法で作られている。
工芸技術の高さを示す作品だ。
「ライオン形3本脚付きモザイク天板テーブル」 大理石・モザイク
これはポンペイではなくエルコラーノ出土品。
エルコラーノはポンペイと同じく、ヴェスヴィオ山噴火で廃墟となった街の遺跡。
「ポンペイに行った時、現地のイタリア人からポンペイだけでなくエルコラーノも観るべきと言われたけど、行けなかった」と彼女。
「ヘタイラ(遊女)のいる饗宴」 フレスコ
これもエルコラーノの出土品。
透けるベールをまとったヘタイラの隣では、男性が寝そべって食事や酒を楽しんでいる。
当時のイタリア上流階級の生活を垣間見ることができる。
ヘタイライ(単数形:ヘタイラ)は、一般の売春婦(ポルナイ)に対し、教養や技芸に秀でた高級娼婦のこと。
「饗宴場面」(東京のみ) フレスコ
この絵でも寝そべって食事をする様子が描かれている。
ローマ時代は横になって食事をするのが普通だった。
「マケドニアの王子と哲学者」(東京のみ) フレスコ
ボスコレアーレの出土品。
当時はギリシャ文化に精通していることが教養の証しだったようだ。
真ん中の若者はマケドニア王子の帽子やマケドニア王家の紋章入りの楯を持ち、背後の装飾や円柱もマケドニアをイメージして描かれている。
この家の家主の教養の高さと趣味の良さを示すフレスコ画なのだそうだ。
「哲学者たち」 モザイク
目を引く美しいモザイク画だ。
モザイク画の一級品は紀元前80年にポンペイがローマの植民市になる前の作品で、ヘレニズム美術に分類されるのだそうだ。
古代ギリシャの七賢人だとする説があり、確かに数えてみると7人が描かれている。
プラトンの学園、”アカデメイア”とする説もあるそうだ。
「エピクロスの胸像」 ブロンズ
展示されているブロンズ像や大理石像はどれも表現力が素晴らしく、存在感がある。
エピクロスは古代ギリシャ、ヘレニズム期の哲学者。
この胸像と共にエピクロス派の哲学書のパピルスが大量に出土しており、この家の持ち主の教養の高さが窺い知れる。
「エウマキア像」(東京のみ) 大理石
この彫像も今回の注目の作品。
衣を通して見える脚の存在感が素晴らしく、衣の手触りまで感じられる。
ポンペイもローマと同じく家父長制だったので女性の地位は高くなかったが、社会的に影響力のある女性も現れていた。
エウマキアはポンペイの主要産業だった羊毛加工職人組合の保護者で、この像は”エウマキアの建物”と呼ばれた羊毛取引所に置かれていた。
「賃貸広告文」(東京のみ) ストゥッコ
面白いものが展示されていた。
ユリア・フェリクスの家の正面扉の脇の外壁に書かれていたもの。
内容は、「スプリウス・フェリクスの娘ユリアの屋敷では、品行方正な人々のための優雅な浴室、店舗、中二階、二階を、来る8月13日から6年目の8月13日まで5年間貸し出します。ご希望の方は家主までご連絡ください」。
2000年前も今とあまり変わらない。
「ワニとカモ」(東京のみ) フレスコ
これもユリア・フェリクスの家の夏用のダイニングにあったフレスコ画。
後にも出てくるが、エジプトへの憧れから、ナイル川のワニが画題として好まれていたようだ。
「エメラルドの眼のヘビ型ブレスレッド」 金(鋳造)、エメラルド
宝飾品も多く展示されていたが、気に入ったものを幾つかピックアップ。
今見ても美しいデザインのブレスレッド。
ポンペイやエルコラーノではヘビ型のブレスレットが幾つも出土していて、当時好まれたデザインのようだ。
これを観ていると、ブルガリのセルペンティを連想してしまう。
左「三美神のカメオ」 アゲート・オニキス(彫玉)
右「海獣と女神のカメオ」 カーネリアン・オニキス(彫玉)
先にアップした青の壺にも感じたが、カメオの製造技術が素晴らしい。
「エメラルドと真珠母貝のネックレス」 金、真珠母貝、エメラルド
細工が細かく、色彩が美しい。
これを付けていた女性は、首が細かったようだ。
「書字板と尖筆を持つ女性(通称”サッフォー”)」(東京のみ) フレスコ
ナポリ国立考古学博物館で最も有名な肖像画のひとつ。
女性が書字板と尖筆を持ち、思索にふけるような仕草。
頭部をネットで覆うのは、帝政初期のネロ帝の時代に流行したローマの最先端のファッション。
美しく知的な女性の肖像であることから、古代ギリシャの女性詩人、サッフォーの通称が付けられている。
「ヘルマ柱型肖像(通称”ルキウス・カエキリウス・ユクンドゥスのヘルマ柱”)」 大理石、ブロンズ
ポンペイでは女性が活躍するとともに、奴隷階級の出身者が街の有力者になることが出来た社会的流動性を物語る出土品。
金融業者カエキリウス・ユクンドゥスの邸宅の出土品で、銘文には「解放奴隷フェリクスが建立」と書かれ、解放奴隷ユクンドゥスの父親の肖像と考えられている。
「テセウスとアリアドネ」 フレスコ
これはテセウスがミノタウロスを退治したという有名なギリシャ神話のエピソード。
アテナイはクレタ島のミノス王に破れ、9年ごとに少年少女を7人ずつ生贄として差し出すこととなっていた。
この少年少女達はクレタ島の迷宮、ラピュリントスに閉じ込められているミノタウロスの餌食とされるのだ。
そこでアテナイ王アイゲウスの息子、テセウスが、ミノス王の娘、アリアドネの力を借りて、脱出するための糸球を垂らしながらラピュリントスに入り、見事ミノタウロスを退治するというお話し。
今回は来日していないが、エルコラーノから出土した「テセウスのミノタウロス退治」というフレスコ画もある。
テセウスの足元に横たわるのがミノタウロスなのだが、はっきりとは見えない。
「ヘルマフロディトスとシレノス」 フレスコ
ヘルマフロディトスはヘルメスとアフロディテの間に生まれた美青年。
ニンフのサルマキスの強引な求愛により融合してしまい、両性具有となった。
そう思って絵を観ると、確かに両性の特徴を有している。
シノレスは、音楽や踊りを好む、神の従者。
「金庫」 木、鉄、ブロンズ
とても大きく立派な金庫だ。
この中に金銀財宝が収められていたのだろうか。
「テーブル天板(通称”メメント・モリ”)」 モザイク
これは今回の展示の目玉の一つ。
”メメント・モリ”とは、”死ななければならないことを忘れるな”と言う意味。
死を意味する頭蓋骨の左側に富者、右側に貧者の象徴が描かれ、死は身分の如何にかかわらず訪れるということを示している。
死は避け難いので、今を楽しもうという気風があったのだそうだ。
第3章は、”人々の暮らし―職と仕事”。
ポンペイの街にはパン屋やテイクアウトの料理屋があったとのこと。
ここでは台所用品や食器類、そして医療器具や農具・工具も展示されているが、品数が多いので割愛。
炭化した食料は火砕流が一瞬にして生活の場を襲ったことを生々しく物語っている。
「職人仕事をするクピドたち」 フレスコ
エルコラーノ出土品。
可愛いクピド達が鋳造工、土地測量官、靴職人、家具職人の仕事をしている姿を通じ、2,000年前の当時の庶民の生活を知ることが出来る。
「ワイン用のアンフォラ」 土器
今もワインの醸造に用いられることもあるアンフォラが、2,000年前に既に存在していたということ。
左から、「炭化したイチジク」、「炭化したパン」、「炭化した干しブドウ」、「炭化したキビ」。
当時の食生活を知ることが出来る。
「果物のある静物」 フレスコ
エルコラーノ出土品。
クセニアと呼ばれる客土産を描いた静物画。
この時代に既に静物画が描かれていたとは知らなかった。
「パン屋の店先」(東京のみ) フレスコ
ヴェスヴィオ山が噴火した79年時点で、ポンペイには34軒のパン屋があったそうだ。
パンはパイのような形をした大きなものであったことがわかる。
先程掲載した「炭化したパン」を拡大して見ると、絵のパンと全く同じ形をしていた。
”ポンペイ展”のグッズ販売所には、この形をしたクッションがいっぱい置かれていた。
これで、”ポンペイ展”の第2章と第3章が終了。
第4章と第5章に続きます。