今夜は彼女のご招待で食事に行く。
彼女には、彼女の行きつけの店がある。
私の行きつけの店は、彼女にとっても行きつけである。
何となく、不平等。
そこで今夜は彼女の顔が効く店に、連れて行ってもらうことにしたのだ。
そのお店は、丸の内の『イル・ギオットーネ』。
京都発のイタリアンとして有名な、笹島シェフのお店の東京店。
開店当初は予約が殺到し、なかなか行けなかったが、今では早めに予約を入れておけば、何時でも大丈夫になった。
最初のグラスは、スプマンテ。
カ・デル・ボスコの、フランチャコルタ・キュヴェ・プレステージ。
繊細な泡立ちの、キレの良い辛口である。
料理を待つ間に、什器類に目が行く。
ナイフ、フォーク、スプーンには、銀のマークが付いている。
アミューズは、暖かいスープ仕立ての雲丹と山芋。
空いたお腹をやさしく温めてくれる。
ここで白ワインに切り替える。
二人が選んだのは、ピエモンテ州のパイティンが造る、ランゲ・アルネイス、2009年。
アルネイスは、ピエモンテの古い地ぶどう。
栽培が難しく、忘れ去られていたものを、近年復活させたもの。
先駆者のブルーノ・ジャッコーザの努力と、栽培技術の進歩のなせる技。
柑橘系の花の香りを持つ、素晴らしい白ワインである。
和風の食材と、ガスパッチョ・ソースの組み合わせ。
最初のパスタは、鮎のスパゲッティーニ。
焼き鮎の香ばしさと、青紫蘇の香りが食欲を誘う。
さて、ここで抜栓してあった赤ワインをテイスティングする。
”ムンクの叫び”がエチケットのデザインとなった、何とも奇妙なワイン。
そう、知る人ぞ知る、偉大なサンジュヴェーゼの栽培家、アンドレア・パオレッティが造る、年産5,000本の希少ワイン、ランコーレである。
アンドレア・パオレッティは、20代でアンティノリの全栽培責任者となり、今では世界各地でぶどう造りを指導する、スーパー・コンサルタント。
そのパオレッティが自ら造るワインが、このランコーレなのだ。
色は濃く、深く、ボディはぶどうの凝縮感に富み、充分なタンニンを持つ素晴らしいボディ。
バリック醸造だが新樽比率を低く抑えているのか、過度の樽香は無く、甘い果実香が素晴らしい。
見事なサンジョヴェーゼであるが、何故”ランコーレ=怨み”であり、”ムンクの叫び”なのか?
パオレッティ本人が名前の由来を明かさないので不明だが、サンジョヴェーゼの名手として、「過剰な抽出や強い樽香が主流の中、個性を発揮させてもらえないまま世に送り出されたサンジョヴェーゼの怨み、本来の魅力を発揮できなかったサンンジョヴェーゼの叫び」を表現しているのではないか、と言われているそうだ。
炭火でじっくりと焼いた鴨肉は、肉汁をギュッと閉じ込めた素晴らしい焼き加減。
強い赤と、血の香りのする鴨は、最高の組み合わせだ。
愛媛県産無花果の甘みが、料理に変化を付ける。
四種類のどれも美味いが、特に水牛のリコッタの酸味が素晴らしい。
口直しはマチェドニア。
フルーツの甘みが味覚を生き返らせる。
私が選んだドルチェは、無花果のコンポート、牛乳のアイスクリームとグレープフルーツのジュレ。
鴨肉の皿に乗っていた無花果があまりに美味しかったので、ドルチェも思わず無花果を選んでしまったのだ。
何時もはハーブティーを選ぶのだが、今夜はカプチーノ。
彼女の行きつけのお店での、素敵な夜でした。




