東京のだだっぴろい景色。
地平線まで山が無い。 遠くに見える工場の煙は、東京湾の向こう側。
パーク・ハイアット東京からの眺めは、巨大都市の夕暮れ。
明治神宮の向こうには、六本木ヒルズ、愛宕山ヒルズ、そして東京タワー。
灯が点り始めると、全ての営みがその実態とは離れ、美しく輝き始める。
今夜は彼女のために、特別のスパークリング・ワインを準備した。
イタリア、トレンティーノ・アルト・アディジェ州が誇るフェッラーリは、1902年創業。
その百周年を記念する、特別なスプマンテ、ペルレ・ネロ、2002年。
黒真珠という名のスプマンテ。
赤ワイン用のぶどうから造られた、ブラン・ド・ノワール。
蜂蜜のように濃い色合い、しかし非常に強いぶどうの凝縮感に満ちたエクストラ・ブリュット。
今夜は彼女にわがままは言わせない。
だって、こんな素敵な部屋とスプマンテを彼女のために用意したのだから。
今夜の赤は、フレデリック・マニャン、シャンベルタン・クロ・ド・ベーズ、1997年。
彼女が、そして私も好きなブルゴーニュの造り手。
マニャンが、20年をかけて熟成が進むと言うグラン・クリュ。 まだ12年しか経っていないが、もう飲み頃になっていることに期待し、コルクを抜き、息をさせる。
パーク・ハイアット東京のルーム・サービスの質は高い。
ペルレ・ネロには、前菜三皿を合わせる。
スペイン産生ハム、チョリソー、オリーブとパエリア・サラダ。
ズワイガニ、マンゴー、アボガドのサラダ。
そして、ニース風サラダ、鮪の燻り。
クロ・ド・ベーズは、パスタとメインと共に味わう。
リングイネ、ワタリガニのソース。
アンガス牛のサーロイン・グリルをレアで注文。
照明を落とした部屋からは、都心の明かりが別世界のように眺め渡せる。
「素敵な君をありがとう」 私が応える。
「誰にありがとうって言っているの」 彼女が再びつぶやく。
「君をこの世に造りたもうた、全能の神に」
再び二人の間には静寂とシャンベルタン・クロ・ド・ベーズの豊かな香りが漂う。
そして私は、心の中でもう一度『ありがとう』とつぶやいた。