上流で雨が降ったようだ。
目の前のチャオプラヤー川の水面(みなも)を、水草が足早に通り過ぎている。
日本での忙しい日常から逃げ出し、バンコクに到着したばかりだ。大きな仕事をやり遂げた充実感はあったが、そのために犠牲にしたものの方が大きかったかもしれない。
しばらくの間ほとんど会えなかった彼女に、いっぱいの不安を抱えながら、一緒に来てくれるように、思い切って頼んだ。
一瞬の逡巡ののち、彼女は答えた。
「タイのワインが美味しいのなら」
スパとタイ古式マッサージで疲れた身体を癒すことが目的だったが、この一言でワインが最上位に躍り出た。
テーブルを挟んで座っている彼女を愛おしく眺めながら、一緒に来られて良かったと、心から思う。
タイは暑い国である。とてもワインなど生産できないように思われるが、実際には6つのワイナリーがある。
しかも、品質が高いのだ。 私は、中国のワインよりタイのワインの方が上だと思っている。
今、ホテルのタイ・レストランのテラスで二人で飲んでいるのは、キリリと冷やしたモンスーンヴァレー、コロンバール、2008年。
モンスーンヴァレーはタイで最も有名なワイナリーだ。
土着品種、マラガブランを使ったホワイト、同じく土着品種ポックダムを使ったレッドも造っている。
そして、プレミア・シリーズが、このコロンバールの白と、シラーの赤である。
二本目の赤は、グランモンテ・アソークヴァレー、プリマヴェーラ・シラー、2003年を頼んである。
このシラーもなかなか良いワインだ。
食事の後は、スパを予約している。
日が暮れると、チャオプラヤー川を行き交う船が蛍のように美しい。 スパの個室に彼女と二人で横たわり、ボディ・トリートメントを受けながら、川面を行き交う船を眺めるのだ。
タイのワインが美味しいから、彼女は一緒に来てくれた。
暑い国、タイで素晴らしいワイン造りに努力している全ての人に、ありがとう。
追記、ここまで書いた後に、NHKを観て驚きました。「海外ネットワーク」の番組で、まさに田崎真也さんがモンスーンヴァレーを紹介していました!