ニューヨークの地域再開発、その成功事例
今日のブログは、ニューヨーク駐在員事務所の益上所長からのレポートに基づいて構成しました。タイトルのとおり、NYにおける地域再開発の成功事例をご紹介するのですが、何とそのエリアは、今NYで最も人気のあるホットスポットになっているのでした。
マンハッタンを東西に横断するストリートで言えば、およそ10th-20th street付近でハドソン川沿いの地区には、その昔高架の貨物鉄道が走っていましたが、1980年に廃棄され、朽ち果てていました。その高架鉄道跡が再開発されたのです。下の写真(google検索 )が再開発前の姿です。

次の写真(google検索 )が再開発後の姿です。再開発のイメージがだいたいお分かりいただけるのではないでしょうか。

以下の写真は、最近益上所長が訪れて撮影してくれたものです。

皆さんウッドデッキチェアで横になっていますが、その下にレールが走っているのがお分かりでしょうか。

益上所長の報告によると、この再開発によって、付近の住民が60%増加し、住宅やホテル建設などによって12,000人の雇用を生み出したとのことです。言い忘れましたが、この新しい公園、その名をハイライン(High Line)と言い、2015年にはホイットニー美術館もオープンするとのことです。
ハイラインはまだ一部が完成しただけですが、全長1.6Kmに及ぶ空中公園ですので、多額の資金を必要としました。そういう意味で、なかなかマネの出来ない芸当ではありますが、廃棄予定のものを上手に活用したという意味では、大いに評価されるべきだと思います。


マンハッタンを東西に横断するストリートで言えば、およそ10th-20th street付近でハドソン川沿いの地区には、その昔高架の貨物鉄道が走っていましたが、1980年に廃棄され、朽ち果てていました。その高架鉄道跡が再開発されたのです。下の写真(google検索 )が再開発前の姿です。

次の写真(google検索 )が再開発後の姿です。再開発のイメージがだいたいお分かりいただけるのではないでしょうか。

以下の写真は、最近益上所長が訪れて撮影してくれたものです。

皆さんウッドデッキチェアで横になっていますが、その下にレールが走っているのがお分かりでしょうか。

益上所長の報告によると、この再開発によって、付近の住民が60%増加し、住宅やホテル建設などによって12,000人の雇用を生み出したとのことです。言い忘れましたが、この新しい公園、その名をハイライン(High Line)と言い、2015年にはホイットニー美術館もオープンするとのことです。
ハイラインはまだ一部が完成しただけですが、全長1.6Kmに及ぶ空中公園ですので、多額の資金を必要としました。そういう意味で、なかなかマネの出来ない芸当ではありますが、廃棄予定のものを上手に活用したという意味では、大いに評価されるべきだと思います。


日本を代表する近代化産業遺産「別子銅山跡」を往く
「炭の古道」を実査するチームに同行し、別子「銅山越」に登ってきました。この調査は、愛媛県東予地方局からの受託事業で、別子とその周辺の山々を中心に、かつての炭の運搬道を復元して、別子銅山関連の産業遺跡を県の観光振興に繋げようという計画の一端です。
いざ出発。久しぶりの登山でしたので、最初の階段状の登りに少したじろぎましたが、そんな気配はみじんも見せません。真中は愛媛大学准教授の堤先生、左は弊社研究員の新藤君です。また、この他に、東予地方局地域政策課の藤田係長と山地さんにガイドをしていただきました。

なにしろ、産業遺跡には事欠きませんが、まずは「小足谷接待館跡」のレンガ塀。その次の写真は「小足谷劇場」入口に通じる階段跡です。この劇場は2000人収容出来たそうですから、この階段の横幅の広さにも納得です。


次の写真は、ダイアモンド水と呼ばれています。鉱脈探査中に地下水脈に当たり水が湧き出ましたが、その後探査用ロッドの先端に付いていた工業用ダイアモンドが回収不能になったことから、こう呼ばれるようになりました。実においしい水でした。

さあ、いよいよです。全てはここから始まりました。別子銅山発祥の記念すべき最初の坑道「歓喜坑」の入口です。ここで、採鉱が開始されたのは、元禄4年9月22日のことでした。ここから、別子銅山の輝かしい歴史が始まったのです。

銅山越から東平方面に下る途中に立ち寄ったのが、銅山峰ヒュッテ。ここの手前奥に、第一通洞の出口があり、この付近は別子鉱山鉄道(上部鉄道)の出発駅でした。

我が国でも屈指の産業遺産「別子銅山跡」のほんの一部をご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか。個人的には、登山の楽しさも兼ねて、ぜひ皆さんに体験していただきたいと思いました。途中、銅山越からの眺望は素晴らしく、新居浜の市街地がくっきりと見渡せました。多分、同行の中の誰かの日頃の行いが良かったからではないかと思われます。
ガイドしていただいた藤田さん、山地さんお世話になりました。ありがとうございました。多少、筋肉痛が残っていますが、これを書きながらまた行きたくなりました。

いざ出発。久しぶりの登山でしたので、最初の階段状の登りに少したじろぎましたが、そんな気配はみじんも見せません。真中は愛媛大学准教授の堤先生、左は弊社研究員の新藤君です。また、この他に、東予地方局地域政策課の藤田係長と山地さんにガイドをしていただきました。

なにしろ、産業遺跡には事欠きませんが、まずは「小足谷接待館跡」のレンガ塀。その次の写真は「小足谷劇場」入口に通じる階段跡です。この劇場は2000人収容出来たそうですから、この階段の横幅の広さにも納得です。


次の写真は、ダイアモンド水と呼ばれています。鉱脈探査中に地下水脈に当たり水が湧き出ましたが、その後探査用ロッドの先端に付いていた工業用ダイアモンドが回収不能になったことから、こう呼ばれるようになりました。実においしい水でした。

さあ、いよいよです。全てはここから始まりました。別子銅山発祥の記念すべき最初の坑道「歓喜坑」の入口です。ここで、採鉱が開始されたのは、元禄4年9月22日のことでした。ここから、別子銅山の輝かしい歴史が始まったのです。

銅山越から東平方面に下る途中に立ち寄ったのが、銅山峰ヒュッテ。ここの手前奥に、第一通洞の出口があり、この付近は別子鉱山鉄道(上部鉄道)の出発駅でした。

我が国でも屈指の産業遺産「別子銅山跡」のほんの一部をご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか。個人的には、登山の楽しさも兼ねて、ぜひ皆さんに体験していただきたいと思いました。途中、銅山越からの眺望は素晴らしく、新居浜の市街地がくっきりと見渡せました。多分、同行の中の誰かの日頃の行いが良かったからではないかと思われます。
ガイドしていただいた藤田さん、山地さんお世話になりました。ありがとうございました。多少、筋肉痛が残っていますが、これを書きながらまた行きたくなりました。

iPhoneとiPad、iPadの判定勝ち!
iPhone4Sに乗り換えた際に、キャンペーンを利用してiPad2も購入しました。その後一か月程度経過しましたので、経過をご報告します。結論から言いますと、圧倒的にiPadの使用頻度が上がりました。やはり、何と言ってもディスプレーの大きさが決定的な意味を持っています。
iPadに慣れると、iPhoneにはなかなか戻りにくいというのが実感です。確かにiPhoneは携帯性に優れていますが、iPadとて決して持ち運びできないわけではありません。とくに私の場合、ハードな動きをする年齢でもないので、むしろiPadを小粋なケースに包んで歩く方が洒落ているかもしれません。
ただ、キャンペーンとして購入したので、割安さを維持しようと思えば、WiFi環境での使用に限定されますが、WiFi環境も徐々に拡大していますので、そんなに不便でもなさそうです。もっとも、iPadには電話機能がありませんので、いずれにしても2台持ちは仕方がないということでした。

写真のデスクトップはWindows7、会社ではもっぱらこのPCのお世話になっていますが、WindowsXP以前しか知らない私にとってはいい意味で驚きでした。
iPadに慣れると、iPhoneにはなかなか戻りにくいというのが実感です。確かにiPhoneは携帯性に優れていますが、iPadとて決して持ち運びできないわけではありません。とくに私の場合、ハードな動きをする年齢でもないので、むしろiPadを小粋なケースに包んで歩く方が洒落ているかもしれません。
ただ、キャンペーンとして購入したので、割安さを維持しようと思えば、WiFi環境での使用に限定されますが、WiFi環境も徐々に拡大していますので、そんなに不便でもなさそうです。もっとも、iPadには電話機能がありませんので、いずれにしても2台持ちは仕方がないということでした。

写真のデスクトップはWindows7、会社ではもっぱらこのPCのお世話になっていますが、WindowsXP以前しか知らない私にとってはいい意味で驚きでした。