加藤茶、母の故郷新居浜へ
さっき、TV番組「朝だ!生です旅サラダ」を見ました。偶然でしたが、タレント加藤茶が、母のふるさと愛媛県新居浜市を60年ぶりに訪れるというものでした。加藤茶は、幼少の頃1年ほど新居浜に住んでいましたが、その後すぐに父のふるさと福島に移り住みました。その後、何と60年以上新居浜を訪れたことはなかったのですが、今回ようやく思い出の地への旅が実現したのです。加藤茶のルーツが新居浜とは全然知りませんでしたし、まさかその家が当時の姿をそのまま残していようとは、驚きでした。感動的な番組でした。
タレントだからこそ実現した旅かもしれませんが、人は多かれ少なかれそうした思い出とともに生きています。そして、心の底にあるそうした思い出探しは、若いときにはなかなか思いつくものではありません。加藤茶、68才にしてようやく実現した旅だったのです。
番組の中では、マイントピア別子や東洋のマチュピチュ東平、料亭「波満蝶」などが紹介されました。どちらも行ったことがありますが、新居浜は工業都市と見られているわりには、観光資源も豊富です。日本の近代化の歴史の中で別子銅山や新居浜が果たした役割は、坂の上の雲の秋山兄弟の活躍とも重なり合います。ぜひ、新居浜を訪れていただき、往事を偲んでいただきたいと思います。
タレントだからこそ実現した旅かもしれませんが、人は多かれ少なかれそうした思い出とともに生きています。そして、心の底にあるそうした思い出探しは、若いときにはなかなか思いつくものではありません。加藤茶、68才にしてようやく実現した旅だったのです。
番組の中では、マイントピア別子や東洋のマチュピチュ東平、料亭「波満蝶」などが紹介されました。どちらも行ったことがありますが、新居浜は工業都市と見られているわりには、観光資源も豊富です。日本の近代化の歴史の中で別子銅山や新居浜が果たした役割は、坂の上の雲の秋山兄弟の活躍とも重なり合います。ぜひ、新居浜を訪れていただき、往事を偲んでいただきたいと思います。
為替リスクは荷が重すぎやしませんか?
少し前のブログで、投資の果実を受け取るのは将来のことだから(そうでない場合もあるでしょうが)、目先の相場についてはもっと下がれと思える位の余裕を持ちたい、といったことを申し上げました。なぜなら、今は仕込む時期であり、仕込むには安い方がいいに決まっているからです。
それは今も変わりありませんが、それにしても最近の相場は、ボラタイルな動きが続いています。ボラタイルということは、市場参加者がそれだけ迷っているということの反映ですが、いずれにしても、相場のボトムに近づいていることは間違いありません。仮に、もう一段の下げがあるにしても、そこは淡々と拾っていけばいいと思うのですが、最近どうも気になることがあります。それは、為替です。
私は、最近までずっと、為替の水準を決めるのは最終的には国力だと素朴に信じてきました。「円」が360円から100円水準まで切り上がってきたのは、ほぼ国力の増大と平仄を合わせてきたからです。しかし、近年の、つまり日本のバブルが崩壊し、国際競争力が低下し、一人当たりGDPが20位台に低迷するようになって以降の「円」の変遷は、到底そんな素朴な理屈では説明できません。
そもそも国力の定義がはっきりしません。感覚的にフィットしやすい貿易収支ですら、どうやら為替とは無関係のようです。しかも、通貨の強弱は絶対的なものではなく、相対的なものですから、仮に世界に2つの国しかなければ、より国力の強い国の通貨が高くなるのでしょうが、現実世界は複雑すぎて到底その関係を説明できません。今かなりの日本国民は、現在の体たらくな政治状況と福島原発に起因する経済状況を嘆き、果たしてこの国に未来はあるのかと疑い、したがって円は暴落しこそすれ高くなるのはおかしいと思い込んでいますが、それはナイーブな思い込みに過ぎないのかも知れません。
しかも、円高は悪いばかりではない。少なくとも、私のような年金生活入りが間近い人間にとっては、明らかに円高の方が望ましい。てなことを考えると、いままで円安必至と思い込んできた思考の回路がすこし崩れてきたような気がしないではありません。となると、今までちょびちょび積み上げてきた私の外貨建て投資、新興国投資もここらで一休みして、これからは日本株を見直してみようか、などと感じ始めた今日この頃です。
結局の所、為替が何によって決まるのかはっきりしません。元財務官僚の高橋洋一嘉悦大学教授が主張されるように、為替の水準を決めるのは、当該通貨の相対的な量の関係であって、円安に導きたければ、日銀が円をふんだんに供給すればいいだけのことかも知れません。
しかし、いずれにしても為替に対して、一方向の期待感はあまり持たない方がいいのではないでしょうか。為替リスクは、我々庶民がチャレンジするには、少し荷が重すぎる。これから徐々に、団塊世代が完全リタイヤし始めますが、彼らが投資の果実を手にするとき、都合良く円安になっていればハッピーですが、そう問屋が卸してくれるかどうか、楽観は禁物です。
それは今も変わりありませんが、それにしても最近の相場は、ボラタイルな動きが続いています。ボラタイルということは、市場参加者がそれだけ迷っているということの反映ですが、いずれにしても、相場のボトムに近づいていることは間違いありません。仮に、もう一段の下げがあるにしても、そこは淡々と拾っていけばいいと思うのですが、最近どうも気になることがあります。それは、為替です。
私は、最近までずっと、為替の水準を決めるのは最終的には国力だと素朴に信じてきました。「円」が360円から100円水準まで切り上がってきたのは、ほぼ国力の増大と平仄を合わせてきたからです。しかし、近年の、つまり日本のバブルが崩壊し、国際競争力が低下し、一人当たりGDPが20位台に低迷するようになって以降の「円」の変遷は、到底そんな素朴な理屈では説明できません。
そもそも国力の定義がはっきりしません。感覚的にフィットしやすい貿易収支ですら、どうやら為替とは無関係のようです。しかも、通貨の強弱は絶対的なものではなく、相対的なものですから、仮に世界に2つの国しかなければ、より国力の強い国の通貨が高くなるのでしょうが、現実世界は複雑すぎて到底その関係を説明できません。今かなりの日本国民は、現在の体たらくな政治状況と福島原発に起因する経済状況を嘆き、果たしてこの国に未来はあるのかと疑い、したがって円は暴落しこそすれ高くなるのはおかしいと思い込んでいますが、それはナイーブな思い込みに過ぎないのかも知れません。
しかも、円高は悪いばかりではない。少なくとも、私のような年金生活入りが間近い人間にとっては、明らかに円高の方が望ましい。てなことを考えると、いままで円安必至と思い込んできた思考の回路がすこし崩れてきたような気がしないではありません。となると、今までちょびちょび積み上げてきた私の外貨建て投資、新興国投資もここらで一休みして、これからは日本株を見直してみようか、などと感じ始めた今日この頃です。
結局の所、為替が何によって決まるのかはっきりしません。元財務官僚の高橋洋一嘉悦大学教授が主張されるように、為替の水準を決めるのは、当該通貨の相対的な量の関係であって、円安に導きたければ、日銀が円をふんだんに供給すればいいだけのことかも知れません。
しかし、いずれにしても為替に対して、一方向の期待感はあまり持たない方がいいのではないでしょうか。為替リスクは、我々庶民がチャレンジするには、少し荷が重すぎる。これから徐々に、団塊世代が完全リタイヤし始めますが、彼らが投資の果実を手にするとき、都合良く円安になっていればハッピーですが、そう問屋が卸してくれるかどうか、楽観は禁物です。
今治からの帰りに、ちょっと菊間へ
IRCに着任して初めての出張、久しぶりに今治に行ってきました。約20年前、平成の始めに今治支店に勤務していましたが、当時とそんなに変わった印象はありません。もっとも、その当時から商店街はかなり寂れていましたので、変わりようがなかったといっていいのかも知れません。今治駅周辺や新しい道路の開通など、大きく変わったところもありましたが、街全体の印象としては昔のままでした。
しかし、そのことを嘆く気分にもならないのが、不思議と言えば不思議です。町に必ずしも活気がなく、特に発展している様子もないのですから、残念に思ってもおかしくはないのですが、むしろ昔と変わらず、周辺の山々や田んぼが青々と広がり、人々が普通に生活していることに安堵する、いや安堵するというのでもないのですが、「それはそれでいいじゃないか」というような気分です。そんな気分に浸ると、ことさら人口減少社会に怯える必要もないのかな、などど思ってみたりします。
その今治からの帰り道、菊間の「かわら館」に立ち寄りました。菊間の瓦産業もずいぶん衰退しましたが、下の写真のような鬼瓦を見ていると、伝統産業としてもっともっと頑張ってもらいたいと思わずにはいられませんでした。いい顔してるじゃありませんか。


しかし、そのことを嘆く気分にもならないのが、不思議と言えば不思議です。町に必ずしも活気がなく、特に発展している様子もないのですから、残念に思ってもおかしくはないのですが、むしろ昔と変わらず、周辺の山々や田んぼが青々と広がり、人々が普通に生活していることに安堵する、いや安堵するというのでもないのですが、「それはそれでいいじゃないか」というような気分です。そんな気分に浸ると、ことさら人口減少社会に怯える必要もないのかな、などど思ってみたりします。
その今治からの帰り道、菊間の「かわら館」に立ち寄りました。菊間の瓦産業もずいぶん衰退しましたが、下の写真のような鬼瓦を見ていると、伝統産業としてもっともっと頑張ってもらいたいと思わずにはいられませんでした。いい顔してるじゃありませんか。

