高松市の丸亀町商店街で考える
昨日の日曜日、用事があったので高松に行ってきました。およそ5年ぶりの高松でしたが、行く以上これだけはしなければと思ったことが二つあります。一つは、市内中心商店街の変貌ぶりを確認すること、二つ目はもちろん讃岐うどんを食することです。
まず、中心商店街の変貌ぶりですが、見事におしゃれな街に変身していました。高松市内中心部の丸亀町商店街では、エリアをAからGの7つ街区に分け、2005年のA街区を皮切りに順次再開発に取り組んできましたが、今年4月にはAからC街区までの新アーケードが完成し、全長162メートルに及ぶ生まれ変わった丸亀町商店街が、一部とはいえお目見えを果たしたというわけです。
左が、三越側から見た新しい丸亀町商店街の姿、右はまだ着工してないD街区の端からG街区の方向を撮ったものです。右の写真と比べると、AからC街区が見事に変身したという意味がお分かりいただけると思います。特に、アーケードの高さが秀逸です。

ただ、この再開発が成功したと言えるかどうか、その結論を出すにはまだ時間が足りないと言わざるを得ません。この再開発がまだ最終形にまで至ってないということもありますが、人をどこまで町の中心部に呼び戻すことができたのかどうか、まだ十分に証明されていません。今後、市内中心部の居住人口がどうなるかによっても変わってくると思います。しかし、たった一日とは言え私がみた限りでは、高松郊外のショッピングセンターやモールに十分太刀打ちできているかといえば、必ずしもそうではないようです。いずれにしても、個人的にはこうした取り組みが成功してほしいと思うのですが、そのためには交通のあり方を含め、一つの商店街といった括りを超えた大きな町(街ではありません)づくりの構想が描けてないと難しいのかな、というのが率直な印象でした。
もう一つのテーマ「うどんを食す」ですが、まさかあの池上製麺所が移転していたとは不覚にも知りませんでした。しかし、讃岐うどんが池上だけではないことは言うまでもありません。時間がなかったこともあり、とっさに手打ちうどん「源内」を思い出し、直行。元の池上製麺所の近くです。ここの名物は、言わずと知れたカレーうどん。下の写真を見ていただければ分かりますが、福神漬は愛嬌として、油揚げ、かまぼこがカレーの上に載っているのが何とも言えません。カレーうどんと言っても実に奥深いものです。ご賞味あれ。
アジアで活躍する四国の中小企業 ベトナム編
今回の「IRCニューリーダーセミナー海外視察」で見学させていただいた会社は、ベトナム2社と広東省中山市2社の計4社ですが、以下ではベトナムの2社をご紹介します。
ベトナム到着後、まず最初に訪問させていただいたのが、タオル製品製造ならびに生活雑貨加工の一広ベトナム株式会社です。同社は、ホーチミンから車で2時間あまり走ったTay Ninh県という所にあります。一広(株)は、タオル美術館グループの中核会社ですが、1992年に大連に工場進出、その成功を受けて2005年にベトナムに進出しました。
会社設立は独資で、現在700名以上の現地従業員が働いています。下の写真をご覧いただければ分かるように実にきれいな工場で、女子従業員の方々も一心不乱といった感じで作業に取り組んでいました。

この会社の強みは、何と言っても、最新鋭の設備と人件費の安さそしていい水に恵まれていることです。なお当地でも、だんだんと労働者を集めるのが難しくなっているようですが、それだからこそ当社は、当地では考えられないくらいの立派な従業員寮を整備しており、まだまだしばらくは競争力の強さを維持できそうです。近々には、有名ブランドのバッグ製造がフル稼働に入るとのことで、今後の発展が非常に楽しみな会社です。
次に訪れたのが、高知県土佐市に本社を置く株式会社土佐電子のベトナム子会社、土佐電子ベトナムです。同社は、電子部品の加工、組立、製造を業としており、ベトナムには2005年に進出しました。社長のお話によると、アジアでの工場進出先をどこにするか随分考え抜かれたようですが、基本的にベトナムの国柄が中小企業に合っていると判断されたとのことです。従業員数は200名。
当社の事業は。いわゆる大量生産型ではなく、ユーザーの希望に応じて小回りを利かして製造のお手伝いをするといったイメージでしょうか。ホーチミン市内にあるため工場の環境としては一広ベトナムとはずいぶん違いますが、従業員の働きぶりは熱心で教育が行き届いているなと感じました。また、システム部門を充実させるため、ハノイ工科大学やホーチミン工科大学から何人か採用したそうですが、300人以上の応募があったそうです。
この方々は、近日中に高知の本社に研修のために派遣されるとのことでした。最後に、会社訪問を終わりかけたとき、猛烈なスコールに見舞われました、いかにも熱帯気候の土地らしい経験でした。なお、右の写真は、スコールの中を帰宅するバイクの波をバスの車中から撮ったものです。両社のみなさん、本当にお世話になりました。

ベトナム到着後、まず最初に訪問させていただいたのが、タオル製品製造ならびに生活雑貨加工の一広ベトナム株式会社です。同社は、ホーチミンから車で2時間あまり走ったTay Ninh県という所にあります。一広(株)は、タオル美術館グループの中核会社ですが、1992年に大連に工場進出、その成功を受けて2005年にベトナムに進出しました。
会社設立は独資で、現在700名以上の現地従業員が働いています。下の写真をご覧いただければ分かるように実にきれいな工場で、女子従業員の方々も一心不乱といった感じで作業に取り組んでいました。

この会社の強みは、何と言っても、最新鋭の設備と人件費の安さそしていい水に恵まれていることです。なお当地でも、だんだんと労働者を集めるのが難しくなっているようですが、それだからこそ当社は、当地では考えられないくらいの立派な従業員寮を整備しており、まだまだしばらくは競争力の強さを維持できそうです。近々には、有名ブランドのバッグ製造がフル稼働に入るとのことで、今後の発展が非常に楽しみな会社です。
次に訪れたのが、高知県土佐市に本社を置く株式会社土佐電子のベトナム子会社、土佐電子ベトナムです。同社は、電子部品の加工、組立、製造を業としており、ベトナムには2005年に進出しました。社長のお話によると、アジアでの工場進出先をどこにするか随分考え抜かれたようですが、基本的にベトナムの国柄が中小企業に合っていると判断されたとのことです。従業員数は200名。
当社の事業は。いわゆる大量生産型ではなく、ユーザーの希望に応じて小回りを利かして製造のお手伝いをするといったイメージでしょうか。ホーチミン市内にあるため工場の環境としては一広ベトナムとはずいぶん違いますが、従業員の働きぶりは熱心で教育が行き届いているなと感じました。また、システム部門を充実させるため、ハノイ工科大学やホーチミン工科大学から何人か採用したそうですが、300人以上の応募があったそうです。
この方々は、近日中に高知の本社に研修のために派遣されるとのことでした。最後に、会社訪問を終わりかけたとき、猛烈なスコールに見舞われました、いかにも熱帯気候の土地らしい経験でした。なお、右の写真は、スコールの中を帰宅するバイクの波をバスの車中から撮ったものです。両社のみなさん、本当にお世話になりました。

これからのベトナム
ニューリーダーセミナーの研修旅行でベトナムに行ってきましたので、今回はベトナム事情についてお話ししたいと思います。ベトナムの印象を一言で言えば、平凡ですが「これから成長する若い国」ということに尽きます。何よりも、国の平均年令27.4才という数字がすべてを物語っていますが、特にホーチミンの町中を走り回るバイクの波また波には圧倒されました。

1975年にサイゴンが陥落してから36年、1986年にドイモイ政策が始まって25年が経過しましたが、この国の未来はまだまだ始まったばかりという印象です。国土の広さは、九州を除いた日本の面積にほぼ匹敵し、その中に約8600万人の人口がひしめき合っていますが、この国の今後の発展は理屈抜きで間違いないでしょうから、日本企業のマーケットとしても相当に有望だと思わずにはいられませんでした。
国土の位置関係で特徴的なことは、まず中国に近いこと、特に首都ハノイは中国国境まで車で2時間という位置関係にあるにもかかわらず、いやそれだからこそ中華街がありません。リスク管理上、中華街の存在が許されていないのです。そうした中、中国との距離感をどのように保つかはベトナム政府にとって常に悩ましい問題になっています。中国はベトナム最大の輸入国であり、電力すらも中国から輸入していますので、安定的な関係を維持したいでしょうが、一方で南沙諸島問題に見られるような脅威の対象でもあります。
さらに地理的には、南北に長いこと、そしてその南北に伸びる国境が峻険な山で隣国から隔てられているという事情も国情や文化の形成に大きな影響を与えています。東西の流れと南北の流れを考えた場合、東西の流れは峻険な山々で遮られ、ヒンズー教も浸透しませんでした。ベトナムは大乗仏教の国です。
経済的にはまだまだ農業国であり、米やカシューナッツ、コーヒーは世界でも有数の生産国になっていますが、農産物の輸出は金額的に知れています。したがって、新興国にありがちな経常収支の赤字が続き、その結果通貨ドン安を招き、顕著なインフレに悩まされています。目下のアキレス腱は通貨安とインフレでしょう。
現在の政府は、豊かな農業活動を維持しながら平行して工業化を進めて行こうという方針のようですが、今の日本の農業の実態を見るまでもなく、農業を本当に発展させて行くには相当の工夫が必要です。新興国のベトナムには日本を反面教師にしてもらいたいものですが、よくも悪くも一党独裁の国ですから、こうと決めたら国家の意思を絶対的に実現していくのかも知れません。
現在、ハノイ・ホーチミンの間が鉄道で30時間以上かかるようですが、いずれは高速鉄道網も完成するでしょうし、そうなれば今以上に観光資源としてベトナムが見直されるようになるのではないでしょうか。ベトナム料理をいただきながらそんなことも考えました。左が揚げ春巻き、右は炒飯です。


1975年にサイゴンが陥落してから36年、1986年にドイモイ政策が始まって25年が経過しましたが、この国の未来はまだまだ始まったばかりという印象です。国土の広さは、九州を除いた日本の面積にほぼ匹敵し、その中に約8600万人の人口がひしめき合っていますが、この国の今後の発展は理屈抜きで間違いないでしょうから、日本企業のマーケットとしても相当に有望だと思わずにはいられませんでした。
国土の位置関係で特徴的なことは、まず中国に近いこと、特に首都ハノイは中国国境まで車で2時間という位置関係にあるにもかかわらず、いやそれだからこそ中華街がありません。リスク管理上、中華街の存在が許されていないのです。そうした中、中国との距離感をどのように保つかはベトナム政府にとって常に悩ましい問題になっています。中国はベトナム最大の輸入国であり、電力すらも中国から輸入していますので、安定的な関係を維持したいでしょうが、一方で南沙諸島問題に見られるような脅威の対象でもあります。
さらに地理的には、南北に長いこと、そしてその南北に伸びる国境が峻険な山で隣国から隔てられているという事情も国情や文化の形成に大きな影響を与えています。東西の流れと南北の流れを考えた場合、東西の流れは峻険な山々で遮られ、ヒンズー教も浸透しませんでした。ベトナムは大乗仏教の国です。
経済的にはまだまだ農業国であり、米やカシューナッツ、コーヒーは世界でも有数の生産国になっていますが、農産物の輸出は金額的に知れています。したがって、新興国にありがちな経常収支の赤字が続き、その結果通貨ドン安を招き、顕著なインフレに悩まされています。目下のアキレス腱は通貨安とインフレでしょう。
現在の政府は、豊かな農業活動を維持しながら平行して工業化を進めて行こうという方針のようですが、今の日本の農業の実態を見るまでもなく、農業を本当に発展させて行くには相当の工夫が必要です。新興国のベトナムには日本を反面教師にしてもらいたいものですが、よくも悪くも一党独裁の国ですから、こうと決めたら国家の意思を絶対的に実現していくのかも知れません。
現在、ハノイ・ホーチミンの間が鉄道で30時間以上かかるようですが、いずれは高速鉄道網も完成するでしょうし、そうなれば今以上に観光資源としてベトナムが見直されるようになるのではないでしょうか。ベトナム料理をいただきながらそんなことも考えました。左が揚げ春巻き、右は炒飯です。






