去年10月下旬、父が永眠しました。
みなさん、おはようございます。
ふと気がつけば、ブログ更新をせずに1年以上経っているので、ここらで自分語りをしてみます。
よろしくお願いします。
去年前半はノリにノッてて今までの人生で最高の楽しい日々でもありました。
①一昨年年末の年末大掃除、元日を迎えるために準備を、私が主導権をとってしたこと、
②ネットで調べて、
・気になってる地下アイドルさんたちに会う
・お気に入りの博物館美術館特別展の展示を見る
・大学時代のサークルOBの友人、先後輩たちと呑みながら歓談しあう等
の用事でさんざん上京したり、
③B29による空襲で焼け出されて、四国に戻った父一家。
生きていくために食べ物を親戚から分けてもらうためいろいろ歩き回った(もちろんそこで働きもしたらしい)そうなのですが、道路マップを見ていると、父がよく言葉に出してた地名がいろいろ出てくる。
(私の発言)「こんなに長い距離歩いとったん??!!
いつかまた(父が)元気になった頃、(私が)運転するから案内してや!!!」
そういうと父は「おお、任しとけ!!また一緒に行こう」大喜びでした。
(しかし次の日、父は急速に体調を崩し、救急搬送となりました)
④父が歩ける日は、ほぼ毎日一緒に近所を散歩していました。
⑤お気に入りの首都圏の地下アイドル・モデルさんたちに多く会い、ライブ会場等で応援したり、写真撮影を何度もしたこと。
などなど他にもあります。
反面、地獄もありました。
一.家族3人「大いに盛り上がってた」次の日、父を救急搬送で病院に連れて行き、
検査の結果、「血液検査」から出てくる数字からは、いい要素が一つもない。(要するにもうすぐ亡くなるという意味)
といわれたこと。
(その一月少し後(つまり3月上旬)、父は無事退院しました)
二.父が入退院を4回も繰り返し5回目の入院をしていたある日、父方の親戚が来て帰られた後、母から「父さんはもういつ何があってもおかしくないと主治医の先生から聞いた」と教えられたこと。
三.8月中頃、母から「主治医の先生がおっしゃるには、父は、いつ、何があってもおかしくない」言われ、愕然とし、以後葬儀が終わり、少しする前まで、涙を流さない日は一日もなかったこと。
(つまり事実としては約2ヶ月半、泣かなかった日はない)
四.親しくなってきてた地下アイドルさんたちの前から、急に姿を消すことになったこと
等、
いいこと悪いこといろいろ経験しました。
大いに喜び、また大いに悲しみ、苦しみ、迷った1年あまりでした。
ちなみに一昨日はその県のJR駅隣接のホテルで宿泊。
昨日は、父の葬儀でお世話になった住職様のお寺で、「あじさい会(え)」に参加していました。
話には聞いていましたが、参加するのは初めてでした。
お寺のそういうイベントに参加してそのようす、雰囲気をいろいろたくさん知りました。
実に有意義な会で、機会があれば是非参加したいです。
そうそうもう一つ、7月末には上京して去年6月までに会った地下アイドルさんたち(複数名、所属する事務所数で考えても複数)にも是非会いたいのです。
1年以上会ってませんが、ほとんどの地下アイドルさんは私のことを覚えてくれてるようです(私も一部のアイドルさんたちは向こうが忘れても私は覚えています。)
ただ、この記事に書いたことが、うまく両立していくか。
うまくいくよう検討、予定を立て、上京していきたいです。
では、また。


