ええ塩梅です -10ページ目

ええ塩梅です

ええ塩梅、ええ加減で日々生きたいのでございます(笑)。

たぶん、私のことが嫌いなんだな、と思っていた職場の店長。

辞めたいと伝えたら、引き止めて頂いた。

私は仕事も早くないし、取り柄など、いいところなど、一つもない。

人材として引き止められる理由がない。

あなたの接客が好きだからと。

このお店には必要な人なのだと。

それはかいかぶりすぎだと思うけれど、私の接客を好きだ、と言ってくれた人に出会えたことは、素直にとてもとても嬉しい。

きちんと見ていてくれる人はいるのだ、と。

私にはあまりに何もないので、それだけは、と思って大事にしてきたこと。

皆が出来ることを、誰よりも思いを込めてできるか。

しか、自分が目指せるところがなかっただけなのだけれど。

辞めたい、と言われた日、久しぶりに泣きながら帰りました、と言われた。

本当に本当に有難い。

今まで、そんな風に、必要なのだ、思って貰ったことがなかったから。

求人は出すけれど、もし、残り少ないあと少しの間で、自分がまだやっていける、と思ったなら、辞めないでほしい、と言って頂いた。

私は私を乗り越えられるだろうか。

とてもいいお店だけれど、だからこそ、それに見合うよいスタッフになれるだろうか。

与えて頂いた時間は、ただ必死にもがこう。

自分と戦おう。

たぶん、それが誰かから必要とされいる、ということ、そのもの、なのかな。

 

もっともっと、出逢いにいこうとおもう。

今一番、未来に向って心が弾むことかもしれない。

そして、ふと気づく。

彼らがこれから生み出す音楽が楽しみで仕方ない。

いつの間にか当たり前になってしまっていたな。

でも、今はおもう。

次はどんな曲が聴けるんだろう?と想ったら、未来に小さな光が射すような、暖かくなるような、弾むような。

またこの気持ちが戻ってきたら、それは私の中で本物なんだとおもう。

自分にとっての本物。

心を澄まして、きちんと見極めていく。

これから出逢うものも、時間はかかるかもしれないけれど、大事にしながら見極めていく。

迷ったり悩んだりするのだろうと思うと、ちょっとしんどく思うこともあるけれど、そのしんどさよりも、やっぱりまだまだ出逢いたい。

少しでも「世界」に出逢いたい。

 

 

無意識に、ずっと探してたもの。

少しだけ、羽を休めさせてくれて、ほんの束の間、私の居場所だと思わせてくれた場所、から消えることを決めた。

はばたくなんてかっこいいもんじゃないし、消える、が一番しっくりくることばだと思う。

誰にも何も伝えず、気がついたらいなかった、が理想なのだけれど、叶うだろうか。

大事な仲間には会えたし、教えられたことがいくつもあった。

寂しいし、後ろ髪も引かれる。

けれど、自分の場所ではないと思うのだ。

残された時間は多分、そんなに長くはない。

きちんと見極めて進んでいかないと、きっと何も残らず終わる。

一番やりたいことがわかっていて、夢がある人はいいな、と思う。

迷わなくてもいいから。

迷ってわからなくなることが、私にとっては一番苦しい。

これしかない、と思えたら、どんなに厳しくとも、それが、そこが、自分の居場所になる。

自分が信じるところ、とか、必要とされるところ、とか。

そんな曖昧にしかわからない自分の居場所を、また探しに行く。

苦しい、苦しい朝。

それでも、珈琲を淹れよう、と思い、少しだけ優しい気持ちになって、また珈琲に救われる。

そして、ラジオから大好きな曲が流れる偶然。

かみさまはいるのかもしれない、。

 

きれいだなぁ…と見とれていたら、駅に自転車とめてるの忘れて帰ってきてしまいました。

ほんとにきれいでした。

そういうものを見ると、祈ってしまいます。

愛するひとたちの幸せを。

笑顔を。

同じ「今日」を生きてるから、それぞれの「今」と向き合ってるから、それ頑張ってたら、また会いに行ける。

祈りながら、必死に生きる。

自分には何にもなくても、ただただ続けていく。

そういうことが生きる希望、だと。

そんな曲を聴きながら、なんで私の心を知っているのか、なんて思ってみる。

生きていく。