はじめに
私はほぼFラン相当の私立大学を出ています。
当時、そこは偏差値40代前半の私立大学で、私は補欠試験的なやつで合格して入学しました。
しかも、1年の引きこもりもとい浪人を経て入学しました。
同窓生や後輩からも「1年浪人して入る大学じゃない」みたいに言われていました。その通りすぎます。
私の場合、社会に出てからは節約と投資をしながら現場と転職による環境リセットでのし上がって独立をしてきたので、大学の学びが全然役立ちませんでした。
しいていえば、「文章を書く時に体言止めを使うな」という大学のゼミでの学びは、社会でとても役立っています。
当時は世界に絶望していた私ですが、この経歴のお陰でできない側の人達に共感をしながら、どのように自分自身に対して仕組み作りをしたかを教えらえるようになりました。
できない側の人達への共感材料として、低学歴や発達障害あるいは発達障害のグレーゾーンと思われるようなエピソードは非常に役立ちます。
以下は私が実際に大学で学んでいた環境の抜粋です。
Be動詞から教えてくれる英語の先生
入学と同時に、英語は試験によってクラス分けが行われました。
私は英語が一番できないCクラスです。
そこではなんと、ネイティブがBe動詞から英語を教えてくれます。
"That that is is that that is not is not is that it it is" みたいな高度なBe動詞の使い方ではありません。
I am a student.
I was a student.
みたいなレベルです。
私はそれでも間違えていました。なんなら他の人達も間違えます。
これは中学校の話ではありません。
日本に現存する大学の話です。
簡単な英語を喋ったらキャンディを配ってくれた
その時の講義がハロウィンかなにかの特定のタイミングというのもありましたが、例文を1,2語変えた英文を席順に述べていくだけで英語の先生が「イェーイ!」と言いながら、キャンディを配ってくれていました。
優しいのか小馬鹿にされているのか分かりませんが、レベルを合わせてくれていることだけは伝わりました。
これは小学校の話ではありません。
日本に現存する大学の話です。
化学の実験で、居残りでわり算を教わっていました
30代前半時点で、システムやツール開発の要件定義~リリースおよびプロジェクト管理、金融商品の利回りや期待値、M&Aに関する各種計算を日常的にしている身ですが、大学生の頃はわり算がまともにできない人でした。
化学の基本的な実験で、皆が楽勝とか言いながら簡易的なレポートを提出して実験室を出ていく中、私は教授に分からないことを一生懸命伝えようとして呆れられていました。
Σを使った計算方法が分からないと周りに伝えても相手にしてもらえず、教授だけがΣの脇に書いてあったわり算すら私ができていないことに気が付いて付きっきりで教えてくれました。
「長さ ÷ 重さ = ◯」という感じの式で、"この◯はどういう意味?"、"数字の答えを出すことではなく、日本語の意味が大切なんだ"って感じのことを韓国の先生がカタコトの日本語で丁寧に教えようと頑張っていて、私は日本語で小学生が教わるようなことも理解できていなかったので泣いてしまいました。
今の私は6~7年前から副業でIT、特にプログラミングに関して教えることもやっていますが、「元から勉強ができたんでしょ?」「地頭が良かったんでしょ?」とか教え子達に言われます。
逆です。
私はどちらかというと勉強全般ができなさすぎて学校生活の学業では平均未満と底しか這ったことがなく、小学生レベルのわり算が分からず、自分自身の能力の低さに悔しくて教授の前で泣いてしまっていた側です。
全国のBFあるいはBF相当の学生が集まる集団の中で、他の学生達ができることすらもできなかった人が私です。
当時の私を知る者達は、グレーゾーンの人間だと思っているのではと思います。(今も軽微なミスに弱いのでグレーゾーンかもしれませんが、経済的にはあまり困らない身にはなりました。)
もしくは、彼らの記憶の片隅に残っているかどうかも怪しいかもしれません。
一部の教授は、試験問題の答えを喋っていました
一部の教授は、「ここ、試験で出すからよく聞くように」みたいな前置きを言いつつ、四則演算しかない計算式や単語を書いてくれることがありました。
当時の私は、こんな学生達に絶対に単位を取らせるような重要な日本語を聞いても頭に入らず、眠くなって単位を落としていたことが何度もありました。
私も分かりませんが、当時の私は日常的に眠気が発生しやすくて教授や色々な人の話をまともに聞くことが無理な人でした。
ちょっと興味がない話を聞くと、プツッと一瞬落ちるような症状が大学一年生から社会人2年目後半くらいまで続いていたので本当に苦労していました。
初年度のGPAが1.4~1.6くらいだったことを覚えています。よく留年しませんでした。
この大学に通った感想
私は16卒として社会に出ました。
当時の学生目線では、Fランあるいは相当でも大学に行かないといけない的な空気感がありましたが、気のせいでした。
このレベルの大学では、皆が小中学校レベルの講義を絶対に受けなければならないかというとそうでもなく、実態としては当人のレベルに合わせた講義に振り分けられたり、選択をしないといけないことがあります。
私の場合、浪人と大学の時間は人生の無駄だったと感じており、高卒から社会で転職を繰り返すか、専門学校に行ってから転職を繰り返すという選択でも良かったと感じています。
私は学歴が必要無いとまで言うつもりはありませんが、学びの内容が将来に直結したり、特定の職業に従事する必須要件だったり、研究の道として進みたいといった意向が無ければ、大学に行くことをコスパは真剣に考えた方が良いと思います。
私は大学でBe動詞やわり算、文章では基本的に体言止めを使ってはいけないといった学びは今でも覚えていますが、これらの情報料に年間100万円以上のお金を払った方が良いかと言われると懐疑的です。










