☆いつもお読み頂きありがとうございます☆

今日は、おとといから続く記事の続きを。

自分の欲求を知る(1)  自分の欲求をしる(2)


そして、
今日書きたいことはこれ!!!(先に結論 笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・考えるときは、”他人軸”ではなく”自分軸”でということ


・心配は”まだ起きていないこと”を考えて妄想が膨らんでいるということ

・人は情報を、自分の過去の経験にリンクさせて考える性質があるということ

・人は育った環境や、自分の周りの人たちの影響を沢山受けているということ

・人生は一度きりということ

・他人のために生きるのではなく、自分のために生きるということ

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こっちをやってみたら、ちょっと良いかも♪
これを食べたら、嬉しい気持ちになるかも♪
これ、気になるから読んでみよう。
あそこにいったら気持ち良さそう!


この「良さそう」「ちょっと気になる」を続けていたら、
だんだん「これやってみたい」「あれ食べてみたい」
「あそこに行って見たい」「あの人にあってみたい」を
感じられるようになってきました。


けれど
これまた厄介だったのが、
「本当にやりたいと思っているのかな・・・」とか、
「本当にやっていいのかな・・」。
「こんな高価なもの買ってもいいのかな・・」
と・・・

不安がでてきて、自分の判断を信じきることが出来ない
という気持ち。


でも。
その
不安や恐れは
誰か自分以外の目を気にしているときや、
「起きてもいないこと」を、妄想しては、
妄想の中で、どんどん不安になっている
ことを知りました。


ピエールエルメのマカロンの場合(笑)
・・・

こんなに高い物食べていいのかな。
⇒こんなに高いもの食べてるって誰かに知られたら、
  驚かれそう・・・、無駄遣いしてるって言われちゃうかな・・。
  お金遣いが荒いなんて思われたら嫌だな・・。

とか


気になるセミナーに参加してみたい場合
・・・

私みたいな人が、自己啓発勉強してるなんて変かな・・。
⇒こんな姿を誰かに見られたら、なんて言われるかな・・
恥ずかしいかな。。心配かけるかな。。


例は多々ありますが、
願望や欲求に対してブレーキがかかるとき、
必ずといっていいほど、
他人の目に縛られ、
且つ、
起きてもいないことに不安が募っていくのでした。


それも、「他人の目」というのは、
家族だったり、身近な人の目であることが多いもの。


なぜ、身近な人の目を気にしやすいのか、
それは、人は
情報を「過去の経験」に紐付けて考えてみたり、
ジャッジしたりするという特性があるためです。


「過去に、○○にこういうこと言われたことあったな・・」の記憶が呼び起こされ、
それが、ブレーキになることがあるのです。


でも!
それらは、「過去」の出来事。


「未来」に同じことが起きるという保障はありません。

過去に、「そんな無駄遣いをしてはいけません」とか、
「そんな危ない場所にいってはいけません」といわれたことが
あるかもしれません。

それは、子供の頃に自分を心配して言ってくれた誰かの言葉。


一度きりの人生。

未来に対し、「起きても居ないこと」を考え、不安になってるだけでは

もったいない。!!


過去の経験や、記憶の中から聞こえてくるブレーキの言葉たちは、
「そんなこともあったね。ありがとう」と伝え、
そんな記憶を否定せず、受け入れながら、
「でも今の自分は、これをやってみたいと思っているんだ」
今、現在の自分の気持ち大切に^^


誰かの目や判断を気にするのではなく、「自分がどうしたいか」。
誰か人生ではなく、自分の人生を歩むための選択。


選択基準を「自分」の軸に持って行くことで、おのずと答えが見えてくるもの。


それに、判断軸を「誰か他の人」にしていたら、
必ずといっていいも言いほど、
「あのとき、○○がこうしたらって言ったから、我慢したのに」とか。。
「あのとき、××がこれはやめろっていってたから、やめたのに・・・」など、
他人のせいにしたくなる気持ちが芽生えるもの。


と、長くなりましたが、そんなこんなを考えていたら、
だんだんと、やりたいこと、食べたいもの、いきたいところなど、
自分の欲求を感じ、大切にし、実践出来るようになってきて、
やってみると、
後悔したことなんてひとっつもなく

むしろやってみてよかったなーと思う事ばかり。


しかも、応援してくれる人、賛同してくれる人が出てきてくれたり、
喜んでくれる人がいてくれたり、
今までにない満たされた気持ちが増えてきたのです。


本当に有難いことだと思います。


それらのことは、
とても楽しく、幸せなことだなと噛み締めています。

まさか、こんな気持ちになれる日が来るとは。。。☆


まだまだ悩むことも多い私ではありますが、
一度きりの人生、自分がやりたいと思ったことを大切にしながら
歩んで行きたいなと、今はそんな欲求を噛み締めています。笑。


そして、大切な大切な私の周りの人たちにも、
「自分のやりたいこと」を大切にしながら、
楽しんで生活してもらいなと本気で思います。


そして、私はそんな人たちの一番の応援者になっていけたら幸せだなと、
そう感じる今日この頃なのでした。


気楽に、らく~に、自分が幸せだな~と思えることを
少しずつ。


出来ないときは、無理してやらず、
またやりたくなったら動き出す^^


らく~に、らく~に。
既に、沢山、もうじゅうぶんに頑張って来たと思います^^

”気楽に、幸せに”の提案

また、少しずつ書き綴って行けたら幸せだなぁと。思います。


☆いつもお読み頂きありがとうございます☆


今日は、昨日の記事 の続きを。


「自分が何を食べたい」とか「何をしたい」「どこに行きたい」の感覚に

鈍感になってしまっていた私。


”こりゃいかん。”

と、簡単な言葉では終われないくらいに、

色々迷走に入ったわけで・・・

「仕事も何をやりたいのか」「どんな家にすみたいのか」・・etc

将来のことにさえも、

自分がどうしたいのかが、

見えなくなっている自分に気づきました。


何かやりたいのに、何をやっていいのかわからない焦り。


と、話が大きくなりすぎるので、私が試みた第一歩から。


まず私は、

自分が嫌いなもの」「自分が苦手なもの」

自分があまりいい気分がしないこと」「自分が気が乗らないこと」

これらのことに、目を向け始めました。


やりたいこと、よりもやりたくないことのほうが、

まだ分かりやすかったので。 ^^;

分かりやすかったほうから始めてみました。


とりあえずは、「嫌だな・・」と思うことを意識し始め、

それを避けてみる・・ということを続けてみたのです。


「自分」の気持ちや気分を確認することをし始めてから、

いつの間にか、ちょっとずつ、

「じゃぁ、何だったら良い感じか?」という質問に変わっていきました。


「良い感情」を感じる選択を拾い集める。


今度は、何かを選択するとき、

「良いかも♪」と感じることを選択したり、

「よいかも♪」とまでは思わなくても

「嫌な感じがしなければ、やってみる、行ってみる、食べてみる」

という試みをしてみました。


「何をしたいか」

「何を食べたいか」

「何処に行きたいか」


というストレートな欲求を感じる前に、

それらを選択したときに

「自分は、どういう気分を感じるか」

これを

自問自答

するようにしていきました。


本当に小さなことからです。

お昼ごはんの選択、

休日の過ごし方。

とりあえずは、自分の中だけで完結する選択にて練習


不思議と、人間続けていけば「癖」になっていくもの、

だんだん、だんだんと自分がやりたいこと、やりたくないことを

感じれるようになってきました


また長くなってしまったので、今度は、

その感じたことを、「選択/実行する」につなげる試みの話に、

つなげていきたいなと。笑。


うまく書けるか分かりませんが、
ちょっとだけ自分のことを書いてみようと思います。
恥ずかしい気持ちもあるけれど。。。
また1歩。笑。


私は、自分のことを「人の好みに合わせられる人(性質)」
なんだと思っていました。


事実。全然苦にはなっていませんでした。


うわ~こんなお店があるのかぁ。
うわ~こんな遊び方があるのかぁ。
うわ~こんな場所があるのかぁ。


その人の好きなこと。価値観。色々な事に触れられる
その瞬間がとても発見で、とても楽しく、有難い経験でした。


でも、
あるとき、私は昔の彼に「kotomiffyは自分のやりたいこととか
行きたいところとか言わないで、
遠慮しているようで、疲れるんだよね」。


そう言われてフラレました。苦笑。
いや~そのときは正直コタえました。苦笑。


でも、今はちょっと分かります。(ちょっとかよっ。)
その言葉をくれた彼には、今は感謝しています。


私は、「何食べたい?」といわれても、「何でもいい」子だったのです。
これは、「面倒だから答えない」でもなく、「遠慮しているからいえない」
でもなく、本気の本気で、何でも食べれる、何でもOK!状態だったんです。


でも、それは彼にとっては、私が我慢しているという判断にも至りましたし、
また、いつも彼が何かを決めていたという事も、

苦痛も感じていたかもしれません。


逆の立場だったら、「いつも私が決めてる!怒」と思ってしまうと思います。苦笑。

でも、自分と向き合うに連れて、

そして、自分のことをどんどん掘り下げて見るようになって、
やっと分かったんです。。。。。。。。。


私は、結局、誰かに認められない、受け入れてもらえない、
嫌われる、否定される ということが、とってもとっても怖かったんです。


しかも、どんどん進行します。


「私が提案したお店が、美味しくなかったら嫌だ。」

「私が選んだお店が、美味しくなくて、その後のデートが最悪な感じになったら
嫌だ。」

「私が選んだお店が、美味しくなくて、私のセンスが悪いと
思われるのが嫌だ」

「認められなかったら嫌だ」


結局のところ、セルフイメージがすごく低い、
自分を信じていられない、自分を信じられないから、
人様にも、受け入れてもらえなかったら怖いという恐怖感。


そんなことと戦っていたんだと思います。


それがいつしか「癖」になり、「思考癖」は自分の都合のいいように
変化しますので、
「自分の意見を言わなければ、自分の意見で嫌われることはない」
「自分の意見を言わなければ平和だ♪」
という思考になり、

そのうち、本当に「自分が何を食べたいのか」「何をしたいのか」を
考えなくなってしまっていたのです。


本気の本気で、何をしたいのか、何を食べたいのか。
自分の考えが無くなってしまっていました。

本気で、「今自分が何を欲しているのか」が分からなくなったときも
ありました。


長くなってしまったので、
打破すべく行動や思考は、また次に書いてみようかなと。
思っております。