勇々自適。 -3ページ目

勇々自適。

役者・演出・プロデューサー、鈴木洋平が日々のよしなしごとを語っている様です。




『YUKUE-みつばち-』
稽古とチケット販売が開始されました🐝👠

今回もせんすworldが爆発する作品となりそうです。
皆様、どうぞご期待下さいませ。

さて、今回の僕の役どころは・・・


「ト書き」役


です。

ん?
ト書きって、あのト書き?

そうです。
あのト書きです。

あの「ト書き」が役として出演することも、このYUKUEシリーズの特徴の一つと言えるでしょう。

しかし、作品にとっても物語にとっても重要な役です。

そして、ご来場下さる一部のお客様達にとっても。


前回の『YUKUE-ラベル-』をご覧下さった方もお分かりの様に、せんすtheatre作品は、視覚障害をお持ちの方々にも楽しんで頂ける作品となっております。

つまり、台詞以外の視覚的情報を音声化することも「ト書き」の重要な役割。

もちろん、それを生の役者がやる意義もあります。

音声的な作品のアシストももちろんですが、物語の一共演者として、様々なシーンの潤滑油になれればとも思います。

つまり。
作品にとっても、物語にとっても、とてもとても重要な役なのです。

このやりがいある役を振ってくれてありがとう。
感謝の気持ちは全て板の上で返させて頂きます。


皆様も、この様な時勢ではございますが、劇場で共にこの物語を分かち合えること、心よりお待ちしております。

どうぞよろしくお願い致します。


せんすtheatre 第四弾
『YUKUE-みつばち-』
7/25(日) 12:00/ 16:00
兵庫県立芸術文化センター

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dysmic Entertainment
『真夏の夜の夢』

終幕。

本日、バラシ作業を終え、劇場を後にしました。

持ち出しの小道具、衣装を回収し、楽屋・受付周りを片付け、最後に音響、照明、舞台美術の搬出を手伝う。

お客様の目にも触れることが出来なかったこの子達を、最後に見送れて本当に良かった。


本番前日に、今週不在の関係者の一名からPCR検査陽性反応を確認。

後の聞き取り調査の結果、感染経路はカンパニーの稽古場や劇場ではないことが判明しておりました。
そして、発症からの最終接触期間を踏まえると、全員が濃厚接触者扱いには該当しないのですが、関係者の皆様の身の安全を最優先に考え、場当たりを即中断。

全員に抗原検査を実施。

舞台監督とプロデューサー、劇場側の指針にも従い、一人も陽性反応が出なければ、続行予定でありました。

結果、全関係者の中から一名だけ疑陽性反応。
すぐさま、医療機関に運びPCR検査を実施しましたが、結果は陰性。


限りなく限りなく白に近いグレー。


開幕間際でもあった為、判断には大変苦慮しましたが、僕は演劇の神様の声に従いました。

場当たり終盤での「公演中止」判断です。

お客様にご覧頂くことはおろか、衣装、ヘアメイクを完璧に整えた状態でのゲネプロも出来ぬまま物語を閉じる結果となってしまいました。

この作品の為に尽力してきた関係者の皆様には、本当に物理的・精神的負担をかけてしまいました。

大変申し訳ありません。


しかし、僕は、演劇を愛するが故に今回の判断をさせて頂きました。


僕は演劇の神様に恥じる行為は出来ません。
若き才能に一生消えぬ十字架を背負わすことも出来ません。
お客様を半ば欺く様な行為も出来なかったです。


何よりも。
一緒に作って来た大切な仲間を切り捨ててまで作品を届けることも。


ただ、僕の信念に従って決断したまでなので、後悔はしていません。

僕の決断に皆様を巻き込んでしまったことは本当に申し訳なかったですが、全ては関係者の皆様の安心安全、そして何より、ご来場下さる全てのお客様への安心安全を考えた上での判断です。


組織の上に立ち、座組の先頭に立つ、ということは、それら全ての責任も背負う覚悟と、何よりも自分だけではない あらゆる立場の人の想いを汲み取る度量が必要です。
それが詰まるところ、作品の出来以上の信頼に繋がり、お客様の評価に繋がり、延いては演劇への愛に繋がるものだと考えています。


今回、関係者の皆様の尽力により、本当に本当に素晴らしい作品が出来ておりました。
きっとこの作品を皮切りにたくさんの人に評価してもらえる人材も出てきたことでしょう。

皆様の無念の気持ちを考えるだに、毎夜毎夜 心が張り裂けそうになっています。

ただ今は、皆の涙を、必ずやまた笑顔に変えられる日を迎える為に尽力したいと思います。


そして。
演劇の神様。
我々の英断を見守って下さった方々。


もし、許されるならば。
どうかまたこの物語を皆様にご覧頂く機会を与えて下されば幸いです。

それまで、どうか、どうか、温かく見守っていて下さいませ。


取り急ぎ。

全ての関係者様方と、ご来場を予定して下さっていた全てのお客様に、そして、偉大なる演劇の神様に。
全身全霊全血全骨全細胞をもって、感謝と敬意を。


本当にありがとうございました。







拝啓。
偉大なるウィリアム・シェイクスピア様。


貴方が生きた時代に産み出された数々の名作達。
今からその一つをお借りしたいと思います。


この作品が生まれた時代には、ペストという恐ろしい伝染病が流行し、人々は日々増え続ける死者の数に戦々恐々としていたことでしょう。

劇場が閉鎖され、あらゆる文化芸術にも規制がかかり、人々は病の症状以上に、精神的に落ち込み、陰々滅々となって悲嘆に暮れる日々を送っていたと伝え聞いております。


さて、時は過ぎ、時代は21世紀となりました。

「歴史は繰り返す」の言葉の通り、今も貴方の時代と変わらぬ、苦しい日々が巡って来ております。

それでも。

貴方自身がそうであった様に、どのような時勢にも関わらず、素晴らしい作品を生み出し続け、見届けて下さる人々に少しでも心の安寧をもたらしたいと奮迅するものも変わらず存在します。


我々も本日この時を、奇跡のような運命の転がりの末に迎えることが出来ました。
それは言うなれば「演劇の神様」に背中を押された様な感覚です。

ひょっとして、同じ様な時代の苦しみを味わった貴方が、この瞬間を導いて下さったのではないでしょうか?

仮にそうであってもなくても、我々は偉大なる演劇の大先輩に恥じることなく、全身全霊でこの物語をお届けしたいと思っております。


さて、この度ご来場下さった皆々様。

演劇はお客様無しには成り立たない芸術の一つです。
このような時勢にも関わらず、物語の最後のピースを埋めに来て下さったこと、心より心より御礼申し上げます。
この物語に触れている時間だけは、どうか日頃の憂いを忘れる時間であることを心より心より祈っております。


皆様方も、どうか日々の輝き、失わぬ様。
蔓延る流行り病などに決して屈しぬ様。
心の豊かさ、保ち続ける様。

何より、人と人、心と心が、共に足を引っ張り合わぬ様。
いつの世も、いかなる者にも、どうか、永久の安寧宿る様。


さて、まもなくの開演です。
どちら様もどうか最後までごゆっくりお楽しみ下さいませ。


それではご覧に入れましょう。
この『真夏の夜の夢』を。

こんな時勢ではありますが。

毎日、絶えず演劇をやらせてもらっている。


稽古、レッスン、授業、打ち合わせ。

家中でのリモートあれこれ、各種執筆作業。キャスティング作業。ディレクション作業。等々。


お陰様で日々の睡眠時間はすこぶる少なく、毎夜限界まで活動して寝落ちする状態だ。


この半年一年は、日を追う毎に仕事量が増え、本当に毎日ギリギリなタイムスケジュールで動いている気がする。電車の一本すらも乗り過ごせない。


一つ一つの現場での接点は微々たるものなので、それだけの案件を抱えながらには見えない様に振る舞っているが、実はその日その日、一つの現場が終わった瞬間、即次の現場の脳に切り替えている為、去り際や移動中等はもう余り周りが見えていない。

完全に脳内の情報アップデートに意識を傾けている。



とはいえ、自分一人で出来る仕事量の限界はある。

その時頼るべくはやはり人というもので、僕の周りには運良く頼れる人達がたくさん居てくれている。


僕の脳内を具現化してくれる人。

僕の負担をサポートしてくれる人。

僕の代わりに動いてくれる人。

等々。


現在、緊急事態宣言が発令され、様々な芸能活動がまた規制下に晒される日々だ。


無念にも身近な作品達や活動達が中止や延期を余儀無くされている。

その報告を目に耳にする度、我が事の様に胸が苦しくて苦しくて泣いてしまう。

産まれ来る我が子をその手に抱かずまま目の前から消し去るなんて。

耐えられない。耐えられるはずがない。


本当にこの国を動かしている人々には、お金や時間の負担以上の苦しみを我々に負わせていることを自覚して欲しい。



代わって、自分はどうか。


運が良いのかどうか分からないが、この時勢下でも仕事量が全く変わらない。

むしろ、増え続けている。

本当に有難いことだ。


流石に、この時勢が故にいつも以上に策を講じなければならない現場が多いので、その部分に時間と労力は掛かっているのだが、活動量は全く変わらない。増え続けている。



周りの人達が、現場がなくなり、つまり仕事がなくなり、大変な思いをしている中で、何故自分はここまで潤沢に仕事にありつけているのだろうかと考える。



ある人は言う。

僕は演劇の神様に愛されているらしい。


で、僕はこう思う。

いや、僕が愛されている以上に、僕は演劇を誰よりも誰よりも誰よりも愛しておりますよと。

いかなる時勢も吹き飛ばし、活動し続けられるのは、お互いに最大限の愛を交わし合っているからなのかと思う。



今、奇しくもシェイクスピア作品の演出も担当している。

彼の作品や言葉達と毎日毎日付き合う度、成る程この人も演劇を愛し、演劇に愛された方なのかなと思っている。

この出会いもまた運命だ。



だが。

先にも述べた通り、僕は周りの人達に支えられてやっとの半人前だ。

だが、いずれそれが一人前になった時、必ずや恩恵を頂いた方達に恩返しをしようと思う。


この慌ただしい日々は年内ずっと止まることなく続くが、その甲斐あって、きっと来年以降はもっと人とお金を動かせられる様になるだろう。


ご迷惑かけている方々。

僕は必ず恩は恩で返す漢です。


今受けている恩恵全ては、正直我の名に懸けて、必ず御礼申し上げます。



さて、明日も一日、演劇漬けの日々だ。

楽しみながら闘い続けるよ。


眠いけど、演劇してる時だけは全ての疲れを忘れるよ。



演劇Love。

全盲の戦友 じゅんじゅんこと浅井純子さんが、盲導犬ヴィヴィッドと一緒に「盲導犬の仕事」について教えてくれる動画を作りました。

ちなみに第1回目〜第4回目までのヴィヴィちゃんの声は犬顔の僕が担当しております。


コロナ禍で、限られた予算ということもあり、特にスタジオ録音等はせず。
定期的に送られてくるテキストを呼んで、こちらで撮って、送る日々。
数日後に完成された映像をチェックして、YouTubeアップ。

どうしても手作り感は否めないのですが、全盲であるじゅんじゅんならではのいろいろなシチュエーションでの疑問点や解決方法等は、見ていて本当に勉強になります。

なにより、愛犬ヴィヴィッドの愛らしいこと。


じゅんじゅんのたゆまぬ活動がSNSでも反響を呼び、多くの方々に知って頂くことが出来ました。

メディアでも取り上げて頂く機会も増え、更により多くの方々に知って頂くことでしょう。

皆様もどうぞ一度ご覧下さいませ。


第1回→
 



第2回→
 


第3回→

 


第4回→

 




この数日間で。

ミナミカゼ→キャレス→NMB48→アクターズスタジオ→よしもとアクターズ→個人レッスン。

と、1日1〜2コマ回しながら、隙間&稽古での演出業務も怠らない自分を少しだけ誇りに思っている。


そして、来週以降は専門学校の新学期が開始。

ズドンと週の時間を取られる。


滾りますな。


しかしですね。

嘘の様なほんまの話。


来月以降、更に大口の指導先が追加される予定です。

いや、今週末その打ち合わせなんですが。


さて、どうなることやら。


取り急ぎ言えることは。

死ぬなよ、俺。

伊藤えん魔プロデュース

『アビー』無事終演。

この時勢の中、ご来場下さった方々、ご声援下さった方々、本当にありがとうございます。


共に物語を紡いで下さった関係者の方々、本当にありがとうございます。


例に漏れず、激務の中での本番。


たくさんの現場で頭も心も身体も総動員の日々は本当に大変でしたが、無事走り遂げることが出来たのは、応援して下さった皆様、そして、共に走り抜いてくれた座組の皆様のお陰に他なりません。



思えば、初演にあたる『コロニー』が上演された年、父親を亡くし、他にもたくさんの親しい親族を亡くし、心身共に慌ただしい最中での本番ばかりだった記憶です。

生活環境の変化や、引っ越し、各種手続き等もあり、まともな精神状態で立てた本番の方が少ないと記憶しております。


自分の状態がどうあれ、幕が上がってしまえばやり切るしかないので、その時のベストは尽くすのですが、どうにも2014年にやった作品に関しては、本調子ではなかった悔いが残るの作品が多いのです。



前作『コロニー』も、その一つではありました。



作品や役への少しの悔いも残したくないのが、役者の性。

そう言った意味では、今作品は今の自分の全てをぶつけることが出来たと思います。



それは決して自分一人の力でなし得たことではなく、共に物語を紡いで下さった皆様、そしてご声援下さったお客様の力あってのことに他なりません。



千穐楽のカーテンコール。

えん魔さんが役者をピックアップしてコメントの時間をくれはったのですが、よりにもよって一番最後が僕でした。

僕も板の上では私情挟まず、努めて冷静に喋ろうとしたのですが、すみません。

お見苦しい漢泣きを晒してしまいました。



コメントの最後は確か

「僕らは、舞台の上でしか生きることが出来ません。生きさせてくれて、本当にありがとうございます」

だったと思うのですが。



奇しくも7年前の同時期。

某本番のカーテンコールで同じ様なコメントを喋った記憶があります。


その時は僕の誕生日ということもあり、共演者がサプライズで僕の母を舞台上に上げ、好物の唐揚げをプレゼントした後、手紙を読むと言うものでした。


僕はその類いの身内ノリが大嫌いで、カーテンコールのサプライズにも関わらず途中まで殺気を帯びた嫌悪感で舞台上におりました。


つい先日父親の葬儀を終えたばかりの母の身体は、僕の記憶の数倍は小さくなっており、口にした唐揚げは時間が経って冷え固まったものでありました。

あげくに素人が人前で手紙なんぞ読みあげるものですから、もう噛むはとちるはで見れたものではありません。


それでも、その言葉の中には、幼い頃から身体が弱かった自分が、今こうして舞台の上で元気にしていることへの喜びが切々と語られていました。


僕はその言葉達をずっと嫌悪感を持って聞いていたのです。


「ほんま、やめてくれや、こういうノリ。俺は大嫌いや。くそが。いや、もう俺の心臓の話はええねん。そんなん誰にも言うてへんねん。いや、身体の弱さ言うな。それを悟られへん様に強く生きてきてん。くそが。いや、噛んどるがな。ちゃんと喋れや、そんな小さい身体で。いや・・ちょっと見ん間に小さくなりやがって。くそが。髪も真っ白やんけ。ちょっと見ん間に・・。だから、唐揚げが好きとか誰も興味ないねんって、手もしわしわやがな・・・ほんま、何必死に喋っとんねん・・・くそが・・・・・くそが。くそが。涙が。止まらねぇ!!!!!!!!!!!!!」


その時のコメントのラストも同じ様な内容でした。


「生きるのが辛いと思った瞬間も子どもの頃はありました。でも今は、生きるのが幸せとしか感じられない日々です。貴女が生んでくれたお陰で、僕はたくさんの素晴らしい景色を見て、素晴らしい仲間達と、今こうして素晴らしい生き方が出来ています。生んでくれて、本当にありがとう。」


目に涙を浮かべるのは毎回ですが、

カーテンコールでお見苦しい漢泣きを晒したのは、あの時振りかも知れません。


奇しくも今回の『アビー』千穐楽回に母が観に来ていたらしく、「最高でした」と一言メッセージが送られて来ました。



ありがとうございます。

誰よりも一番いい芝居を観せたい人に「最高」と言って頂けました。



これからも演劇で生きて、演劇で死ぬ、勇気と英気を頂きました。

ありがとうございます。

『真夏の夜の夢』顔合わせ&ビジュアル撮影が終了。


数日間に詰めに詰め込んだ内容を共に駆け抜けて頂いた関係者様方に感謝。


演劇はマンパワーの結晶ですので、一人一人の尽力に委ねなければならない瞬間があります。

特に顔合わせの当日は、皆様が作品の為に尽力して下さった瞬間でした。



読み合わせに関して言うと、僕が最初にしたオーダーは「探らなくていいので、各人全力で読んで下さい」でした。


古典演劇特有の難しく長ったらしい台詞の数々を立て板に水を通すかの如く読みつつ、既に役の思考感情、シーン構築まで想定させるレベルで読んで下さる役者さんも多々。


ちょっと感動を覚えました。


このメンバーで作品創りが出来ること、本当に幸せです。

今から立ち稽古が楽しみでならない。


演劇が好き過ぎて、これまでもこれからも面倒臭いオーダーをたくさん要求するかと思いますが必ずや良き作品に致します。


そんな数日間でした!

僕が教えてるレッスンの生徒達の本番を観に行った時のこと。

その子は、カーテンコールの挨拶を任されているポジションであり、涙ながらにお客様への挨拶をしていた。

後日、そのレッスンで、本番の感想を伝える。
と、同時に、その子にカーテンコールで泣いてたね、ってことも伝えた。


その子は「恥ずかしいー、そんなん観やんといて下さいー」みたいなことを言ってきたが、僕はこう伝えた。

「カーテンコールで涙が出るってことはね、作品に対する愛と、関係者への敬意と、お客様への感謝がなきゃ、成り立たたいからね。いつまでも、いつまでもその涙を大切にしてね。」と。


僕は、若手時代、本当にイキった役者だった。
共演者がカーテンコールで泣いてたら「ケッ!素人が!思い出作りかよ!」みたいに思ってた。

時は過ぎ、今、僕は、必ず、カーテンコールで泣いている。

イキった餓鬼が、ようやく人として役者として成長したのかもしれない。


僕はこの涙を大切にしてゆくよ。
たとえ素人臭くとも。
『オーサカ・ヘヴン』無事終幕。
ご来場下さった全てのお客様に心からの感謝と。
共に物語を紡いで下さった全ての関係者様方に心から敬意を。


僕ら男性ゲストキャストの楽屋は終始和やかで、笑いの絶えない面白い空間でした。

キャスト陣は皆、講師業をしている者も多く、その話題でも盛り上がりましたよ。

曰く、またこれしたら生徒らにわーきゃー言われそうですわ・・等。


ん?
生徒らにわーきゃー?

わしは、そんなこと一度も言われたことないが・・?


ある程度厳しく接してるから、嫌われてるのかな?
やはり時代の波に合わせた方がいいのかな?


いやいや、僕は生徒からのわーきゃーより、きちんと現場で闘い抜ける戦士を育てるに徹しますよ。


生徒らが将来大成してくれたら、わーきゃーの200倍は嬉しいすから。


ともあれ、今年度の生徒らとの別れも近い。
残り少ない時間、伝えられることは最大限伝えて行きます。



・・そうか。
皆は、わーきゃー言われるんか・・。