皇紀2669年
ようやく2009年になりました。
ブラジル日本移民100周年という記念すべき年が終わりましたー!
今年から101年目です。
そういえば、「101回目のプロポーズ」という懐かしいドラマがあったなぁ~。
ところで皆さま、今年は皇紀2669年だということをご存知でしたか?
私は知りませんでしたー。
最近は、平成すら何年なのか怪しい??わ・た・し。
どうして、こんなことを知ったのか?と、申しますと……
行って参りました。
サンパウロにある文協の「新年祝賀会」とかやらに。
立派な門松ちゃん↑↑↑も立っておりました。
文協会長とサンパウロ総領事の偉いお言葉を聞いて…
さらにアルファベットと日本語で書かれた「君が代」と「1月1日」の歌詞カードを貰いお歌を歌って
乾杯をして、ちょっとしたお食事を頂くのです。
…が、私はあまりの争いのすさまじさに手を付けられませんでした。
でも、ウワサに聞くビニール袋に料理ごっそり持ち帰りという光景は、私は見ませんでした。
ちなみにブラジルの日系社会の乾杯は「サウーデ」「ビバ!」「乾杯!」と3回、杯を上げなければならないのです!
ブラジルの日系社会へ来られる方は、どうぞ、お見知りおきを…。
大晦日
この日、大晦日の夜は…
お友だちの豪華マンションにお呼ばれして、みんなでカウントダウン。
こちら↑↑↑豪華マンションのエントラーダ(入り口)でございます。
1人1品ということで、うちらはショボイ手作りパステルをその場で揚げたのですが。
ご覧下さい↓↓↓
ずらりと並んだ豪華なお食事たち!
ちゃんと、だいたい(←このいい加減さがポイント)0時になったら、みんなで乾杯!
ビール、ワイン、日本酒と飲んで食べまくりましたー!
ちなみにブラジルでは紅白歌合戦が、日本時間のライブタイム(ブラジルでは11時間遅れのお昼)で放送されますが、NHKのサービスなんでしょうか?
ブラジル時間の夜にも再放送されます。
こちらのマンションの家主のお父様&お母様が中継でバッチリ映っていて盛り上がりましたー!
近くではサンパウロのパウリスタ大通りの花火が0時と共にバンバンなっておりました。
酔い巡礼
今年の弓場訪問は、ミニバスを仕立てて下さったS田さんのご意向で、まるで「ふるさと巡り」のように古くからの移住地やお墓を訪ねる旅でもありました。
弓場農場を出発後、弓場のお墓もお参り。
彫刻家の小原久雄さん(故人)の作品と思われるモニュメント。
さらに木の墓標が広大な土地での土葬を感じさせます。
知った名前に思わず合掌。
さらに同地の移住地建設に奮闘した永田稠(ながた・しげし) さんのお墓や…
輪湖俊午郎(わこ・しゅんごろう) さんの碑など
カフェランジャという場所に開かれた平野移住地も訪問。
平野移住地は第一回移民の通訳に5人の通訳者が来たが、その中の1人平野運平氏が開いた植民地。
同地には立派なお寺↓↓↓があります。
当時、水稲米を作ろうとした日本人にと、川の流れる低地を購入し開拓したのですが、それがマラリア蚊を発生させる原因となり、多数の死者が出ました。
運平さんは自分もマラリアに罹ったのですが、キニーネという薬を自分は飲まずにピンガ(火酒)を煽って耐えていたそうです。享年32歳。
運平さんの銅像↑↑もありましたー。
さらにお寺からちょっと離れた場所にある墓地もお参り。
平野さんのお墓↑↑にも、さらに同じ墓地にある元大家さん(平野移住地出身)のお父様のお墓にも合掌。
二日酔いならぬ、そのまま酔いながら、良い開拓者巡礼の旅ができましたー。
素晴らしかった弓場!の飲み
昨夜は飲んで騒いだというのに…
朝になると、皆さん、ちゃんとマンゴを収穫し、働いておりましたー!
偉いなぁ~。
さらに台所では…
男の方々がから揚げマンとなって、大活躍!
ここを通る人は必ずつまみ食い。
私なんて、食べる事と飲む事だけ、お手伝い。
ものすごい量の鳥のから揚げ↑↑が出来上がってまいります。
さらに弓場の皆様方は、大量のお客様用夕食を用意し、公演にのぞみます。
今年もピアノ独奏から始まり、連弾、弦楽演奏、器楽、独唱、合唱と音楽演奏があります。
休憩を挟んで初めてのスライドショー。
さらにバレエ。
よさこいソーラン、そうらん節2007の後…
近所の子供たちも加えた「子供の歌」↓↓。
さらに新しい↓↓バレエ「タンゴ・エスパニョール」↓↓。
そして、第三部の劇は「むかしむかし」と題した、このアリアンサの地に移民した人の県、長野、鳥取、富山に伝わる民話をもとにしたものが演じられました。↓↓↓
皆さん、ほんとうに芸達者ですよね。
影絵の演出も素晴らしかった。
私はずぅーと飲んで、食べて、拝見して、楽しんでいた!だけですが…
出演者の皆さんはこれから「やれやれ」の打ち上げ飲み会。
これにも参加せねば…とまたもや、頼まれてもいないのに飲み会に当然、参加。
なぜか食堂のテーブルには私たちを盛り上げようというのか…
おかしな格好のマンゴが↓↓↓
でっぱりを上に向けたり、下に向けたりして、「オチン○ンみたい」とか言って、酔っ払った頭で大うけ。
舞台にも上がっていないのに、まるで歌って踊って演じたかのようにわが肝臓をビールで慰労。
気が付くと…
お外が明るくなり、この年になって、久々の完全徹夜を経験!
いやはや、そのままサンパウロへ帰ったのですが、マジで車中、ヤバかったです。
でも、今年の弓場も楽しかったです。
上塚周平公園
600キロのドライブ。
目的地へ着く前にとある場所へみんな(総勢13人)で寄りました。
どこへ行ったか、と言うと…
プロミッソンという場所にある↑↑↑上塚周平公園です!
上塚周平(リンクはWikipedia) さんというのは「移民の父」と呼ばれていた方で、1908年の最初の移民船「笠戸丸」に輸送監督兼会社代理人ということで、移民を引き連れてきた人です。
帝国大学(現・東京大学)出身で、あまりにもひどい移民の状況を苦に、本人も決して贅沢せず、穴の開いたシャツなどを着て、この地で他界した方です。
でも、ビッショと呼ばれるギャンブルに手を出したり、移民から預かった金を返せなくなったり、色々と人間くさいところがあって、私はそんな所が気に入っています。
鳥居の先、向かって左には開拓先没慰霊を祀ったお堂があります。
さらに鳥居の先の一段低くなったところには…
1918年に立てられた記念塔↑↑が…
その間には上塚さん直筆の句碑(リンクは読売新聞記事) があります!
なんて書かれているかと言いますと…
夕ざれば 樹かげに泣いて 珈琲(コーヒー)もぎ
夜逃げせし 移民思ふや 枯野星(かれのほし)
つまり、最初の移民の辛さ、日本恋しさを句で詠ったのだそうです。
そして訪れた24日のちょうど3日後だか4日後の週末には、こちらで新しく作られた上塚周平氏の銅像のオープニングセレモニーがあるそうです。
写真はそれまで隠されている↓↓↓上塚さんの銅像。どうぞー、ご覧下さい!って、見えないけれど…。
それにしてもこのプロミッソンの地で、上塚公園を守り続けている方々、特に安永ファミリーはすごい!と思います。
だって、この日も突然、我々がお邪魔したのに、どこからともなく安永さんがやって来たのですから…。
ブラジルの空
今日はクリスマス・イヴ。
日本では恋人と過ごさないといけないみたいな煽る報道が目に付きますが、ブラジルでは関係ありませ~~ん。
ブラジルでは25日が大切で、この日は家族と過ごすのが一般的。
私はこの日、早朝よりとある場所に向けて600キロのドライブへ。
途中、車から撮った写真↑↑です。
車の窓にスモークがかかっていたのでこんな色ですが、夏の青空と入道雲、そして草原だったりサトウキビ畑だったり…。
ブラジルで長距離、走っていると…
雨が降っている区域がハッキリと見え、時には自分の車が雨の中に突入し、またその雲の下を去る…
そんなことが何度か体験できます。
ドライバーは大変だと思いますが、結構、好きなんです、私。
レアル銀行のサンタさん
さて、お待ちどうさまでした。って、1か月近く過ぎた今、一体、どなたが忍耐強く待ってくれていたのだろう?
でも、アップします。
2008年レアル銀行のクリスマスバージョン!
今年のテーマはどうやら「Natal do Nosso Mundo(=私たち地球(あるいは世界)のクリスマス」(←めっちゃ、直訳)というモノらしい・・・。
どうりで、サンタさん、手に持っております。
地球儀↑↑↑を…。
中に入ると、そこだけがかなりミニミニのディズニーランド。
まずはいきなり、インジオ(インディアン)の住居を真似た家にインディアンのサンタさんや飾りが…
さらに…
そう、↑↑↑障子の家。
つ・ま・り…
でも↓↓表から見ると…
どうやら中国?!
さらにすぐ隣には…
何やら「違うだろー!」と思わず突っ込みたくなる盆栽ツリー。
しかも表示は…
盆財(!?)となっています。
日本的に言うと、「ありえないだろー」と一瞬怒ってしまいそうですが、よ~く考えると、この発想、嫌いじゃありません。
さらにちょうど私がいる時間にぞろぞろと人間サンタさんが出てきましたー!
アジア系↑↑はあきらかに中国風。
でも、お二人に聞くと、ふたりとも日系人でした。
さらに建物的にはやはりしっくり来るヨーロッパ系↓↓
そして、最後には円卓サンタ人形たちが…
見事です!
さすが移民の国!って感じで、ちょうど出てきた人間サンタも…
男のサンタさんと女のサンタさんが必ずペアで、白人系、アジア系、アフリカ系、インディアン系など民族ごとにアレンジしたサンタクロース服を着ています。
















































