日本古来の鍼治療 | スイッチを入れろ。波長を合わせろ。ドロップアウトしろ。

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心の闇から生まれるのは笑いと喜び。いつも一人で苦しみを抱えてなくていい。苦しい時に輪から一人で離れようとしなくていい。

今日は脱線します。




中医学や鍼などの先生が、
『邪』『邪気』『熱邪』などの言葉を口にするのを聞いたことがないでしょうか。


病の原因とされている、邪。






先ほど、『石坂流鍼術の世界』を読み終えました。




肉体の奥にある『邪』に触れ続けた、石坂流最後の後継者、町田栄治先生の本です。





序文に、

石坂流鍼術は、

「古代からの日本の鍼医術の思想と技術の結晶」
「現代そのものと対立しながら」
「人間と人間の生命に対する確固とした認識」をもって
「人間の生命をひきあげる」

とあります。



どうしても時間をかけることが必用な気がして、時間をかけて読みました。
そして、今日、ゆっくり読み終えました。



本文は、石坂流鍼術最後の後継者である町田栄治先生との対談形式で始まります。


江戸終わりから、近代、現代になる過程で、石坂流は『邪』として扱われ、現在、町田先生を最後に消えゆこうとしています。


石坂流は、病巣に対して直接鍼を打つことはしません。


石坂流では、打った鍼から手を離さないそうです。ですから、1回に一箇所?

そうして、鍼から邪を吸い取るようです。



…そうそう、吸い取る必用があるんです。
…でも、それだと施術者が傷む。昨今の邪はキョウレツです。


石坂流でも施術者の健康状態に問題が起こっていたようです。



…昨今の邪はキョウレツです。


…環境破壊・土壌汚染・薬害・アスファルトに埋め尽くされた街…いまさら説明するまでもなく、邪の逃げ道が失われています。



そのような時代背景からか、現在、石坂流の鍼は、大きいものは、畳針ほどもあるそうです。

それを、背中に刺し、さらに、とんかちで叩くのだそうです。

病を持った体には「硬結」という硬い場所があるということです。



実際に先生の鍼を受けた方から直接伺ったのですが、鍼が「硬結」に届いたとき、

体内で、かちん。と音がするのだそうです。

骨ではないですよ。





私、硬結の部分を読んで「あ!」と思いました。これ知ってます。ある。

ボイトレ中に、声を聞いていて、ある。のを感じ、骨の上から触って何かがある感じを知っています。

なんじゃこりゃ。と思っていました。



また、完全に死んでいる場所「空洞症」という、鍼がずるずると入っていく場所があるそうです。



これもある。空洞。というか、腐って力を失った場所。臭い場所。


そのうちに書こうと思いながらなかなか書けないのですが、セッションでは、ストレスを手放していくときに、突然臭いが出ることもあります。おならとかでなく。そして、すーっとエネルギーが満ちていくに従って臭いも消えていきます。





私がぼんやり感じていた対象を、


鍼で、実際に触れている方がいたことに驚きました。

そして、その鍼こそが、日本古来の鍼だったとは。

そして、その鍼が今失われつつあるとは。




町田先生の鍼は一番大きなもので、畳針程の太さ、長さだそうですが、

先生が若い頃は、そんなに大きな鍼を使わなくても完治に向かったそうです。




日本人が壊れていくプロセスを

長い年月、たった一人で、

指先で、感じ取って来られたのか。と。




人間の体内に潜む『邪』という固体と戦い続けてきた一人の治療家が語る言葉、現代社会に対して感じる矛盾の深さは、ひとつひとつ、私が日々思うことの何倍も重いものがありました。



あとがきで、
子供時代の薬害により、無くなった青年の、七色に染まったカラメルのようなお骨を思いながら、先生は続けます。

「僕は思うのです、何か僕らの手の届かないところで、いつも何かがうごめいていてそれが結局、僕ら一人一人に果てしない無念の思いをさせているのではないかと」

「僕らはその頭上でうごめいているものに対し、僕ら自身が平気な顔をして、その方に力を貸してしまってはいないのだろうか」





…私たちは、知らないうちに、何か、見えない力によって、迷い多くなるような方向に向かわされている。


それは、私たちの、情報過多と経験不足が引き起こしている。と、常々思うのです。





徳田美和