Chernobyl Katsuoのブログ -16ページ目

合コン

昔はKBBメンバーや友達とかで合コンをよくしてたっけ。


KBB初期のベーシストはサッカーのコーチなので幼稚園の保母さん、自分は女子大生や、美大生、看護学生なんかと。


あんまりまとまったことは無かったが。そういえば一回だけ自分と同じ名字のコがいて凄い偶然だなと思ったり。


一度渋谷でコンパの帰りにEggManの前を通ったら某バンドの追っかけのコ達がいて、そっちの方で話しかけたら盛り上がったりして。


懐かしい思い出です(*^▽^*)



同じ穴の...

以前ゴルゴ13を集めていて(膨大な量で途中でやめたが)、とあるエピソードに日本人の依頼人が、アメリカに対して、「日本人を舐めるな」的な発言をした際にゴルゴが言い放った印象的な言葉がある。

「国境や人種を前提としている以上、”おなじ穴の狢”・・・だ。所詮、狭いところで寄り添って生きていく類の”人間だ”!・・・」

ゴルゴは設定上東洋人、あるいは日本人として描かれているが、人種を意識したり、自分が何人であるかを主張することは一切無い。自由で孤独な殺し屋であり、世界をまたに駆ける正真正銘フリーのスナイパーだ。

このシーンは普段必要以上に口を開かないゴルゴが自己主張をした、極めて珍しいシーン。

作者の日本人に対する思いがこの台詞に表れているようにも思う。

確かに誰もがゴルゴのように国境も人種も宗教も超越出来れば、世の中に戦争も貧困も無くなるのかもしれない。しかし人間にはゴルゴのように強い人間ばかりではなく(精神的に)弱い人間の方が多く、「所詮、狭いところで寄り添って生きていく」しかないのかもしれない。


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集合体

結局バンドは集合体だ。

KBBにしても根底にあるのが何かに対する過剰なまでの拒絶であることは明白で、そこに一番の共通項を見出していることが活動力の源になっている。どのバンドにもそれぞれあるだろうし、それで何かが生まれる。



ジャズミュージシャンはある程度の塊になることはあっても、セッションを糧として生きて行く上で必要以上のコミュニティは邪魔になるだけだと知っている。つかず離れず、演奏を交わらせてもそこには情はない。オリジナリティを確立することが難しい音楽だと思う。ゴルフと一緒でアマもいればプロもいる。同じ場所で同じルールに従って行動することが前提となっている場合が多い。が、前衛的な趣向を持つコミュニティではその逆の傾向を持っている。哲学的な説明や理論と結び付けたがるのもこのジャンルの特徴だ。



一つの集合体として行動するとき人間には役割が出来てくる。もっと大きなものを生み出すためにはそれは必要不可欠なことなのだろう。
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