最近、所謂『推し活』について、色々考えることがあった。
私は自分の羽生選手に対する応援を『推し活』とは思っていなかったのだけれど、まあ、これも外から見れば『推し活』なんだな、と思う。
ちょっとしたきっかけがあって、2019年の全日本のことを思い出していたのだが。
あの時、高橋選手がシングルで復帰していて、羽生選手と双方が出場した。
私はその試合を観に行ったのだ。
行く前から、私は緊張していた。
それは羽生選手のコンディションが心配だったことだけではなかった。
彼は前日のSPで素晴らしい演技をしていて、私は少しほっとしていた。
それよりも、心配だったのは、高橋選手のファンが多数来ているだろうことだった。
私の中では、高橋選手のファン=アンチ、だったから。
席に着くと、周りに何人か、彼のファンらしい方々がいた。バナーでそれと知れた。
私は少し憂鬱だった。
関係ない!頑張って応援するだけ、そう思って、でも身構えていたと思う。
ところが試合が始まると、その人たちは、他の選手の演技にも拍手を送り応援し、高橋選手が出てきても、威圧的な声かけをすることも全くなかった。
他のサイドからは威圧的な掛け声がとんだりしていたけれど、彼女たちはそういう人たちとは明らかに違っていた。
あの時は羽生選手が崩れてしまってーーあのスケジュールでは仕方なかったと思うがーー私は呆然自失の状態だったが、彼女たちは気の毒に思いこそすれ、それを喜んだりする素振りなども全くなかった。
全く、普通の、真っ当なスケートファンの振る舞いだったと思う。
あの会場に、そうでない人達もいただろうということはわかっている。
が、高橋選手のファンに対する私の認識が間違っていたことも事実だと思った。
アンチの印象があまりに強烈なのと、それ以外のファンの存在が『外から見えない』為に、私の中には高橋ファン=アンチ、という図式が出来上がっていたのだ。
どちらが多いとか、そういうことではなくて、アンチとはまた別の高橋ファンが存在していた、という事実がーー考えてみれば当然のことだと思うけれども、しかしーー私にはそういう認識が全然なかった、ということなのだ。
私がここで言いたいのは、実は高橋ファンのことではない。
現在、羽生ファンの中で、様々なところに攻撃的な発言や誹謗中傷をする人達がいる。
もうこれは一種の病気だと思う。
一方で、そうではないファンの方がずっと数が多いと私は思っているが、そういう人たちの姿は、外からは見えにくい。
そのことに、私は危機感を覚えるのだ。
声の大きい人たちは目立つ。
でも、そうでないファンもたくさんいるということを、ちゃんと発言して示す必要があると思う。
発言が無理でも、そういう真っ当な意見に『いいね』が多くつくだけでも、外から見える事に繋がる。
透明な存在になってはいけないのだ。
話が突然飛ぶが、私は枕草子が大好きだ。
それは、あれが究極の『推し活』の姿だと思うから。
先日も、NHKで枕草子をそういうスタンスで採り上げていて、嬉しかった。
清少納言の『推し』は、言うまでもなく中宮定子だ。『光る君へ』をご覧になっているとその経緯が出てくると思うが、定子には過酷な運命が待っているのだが、清少納言の凄いところは、道長に対する恨みを、一言も書いていないところだ。
そしてたまに定子様の境遇をちょっと嘆いたりして、定子に窘められている様子が出てくる。
そういうところでは、定子という方の人間性の素晴らしさが一層わかるのだ。
実は私は、田辺聖子氏が枕草子を題材に書いた『春はあけぼの』も好きなのだが、その中の清少納言のセリフに、「私は、定子様がどんなに素晴らしかったか、そのサロンがどれほど機知に富み、楽しい場所であったか、そういうことだけをここに書きたい。醜いこと、辛いことは書く必要はない」というのがあって、清少納言は、実際そう思って書いたんだろうなぁ、と思う。
実際これを読む人には、本当に定子様の素晴らしさ、その周囲の明るさ、楽しさが伝わるし、更にそれが不遇の状態にあっても失われないところに胸を打たれるのだ。
究極の『推し活』の傑作だと思う。
これは、当時の男性貴族たちーー権力争いのただ中にいる人たちーーからも支持されたことを考えるべきだろう。
彼らは勿論時の権力者、道長の目を気にしている。だから、表立ってはもてはやさなかったかもしれないけれど、実際に評判になり、読み継がれたからこそ、今日まで日本を代表する随筆のひとつとなっているのだ。
もしここに、道長に対する明らかな批判や恨みつらみが書かれていたら、枕草子は残らなかった。
第三者にも支持されうる『推し活』。
こういうことを書くと、お花畑と言って笑う人もいるだろう。
しかし、清少納言は決して『お花畑』の人ではない。
定子が不遇になってお給料も滞りがちになり、女官の中には将来の不安からめそめそする者もいて(無理もない)、そういう人のことを「湿っぽいのは嫌い。さっさとどこかへ仕官すればいいのに!」とばっさり切り捨て、定子の亡くなった後は、その墓を守って最後まで尽くすのだ。
この覚悟、姿勢、私は『推し活』の鏡だと思う。
理不尽な批判には、論理で反論すべきだとは思う。
しかし、感情的な攻撃は、外から見たときには、決して『推し』のプラスにはならない。
寧ろ逆だということを、肝に銘じるべきだ。
そこに書かれた醜い言葉は、羽生選手のイメージと共に第三者の記憶に刻まれるのだから。
世の中は、羽生ファンと反羽生の人間だけで出来ているわけではない。第三者の目を忘れてはいけない。清少納言はそれを忘れなかったからこそ、今日まで枕草子は定子の素晴らしさを伝え続けているのだということを、考えてみるべきではないだろうか。
勿論、私にはあのような『作品』を書くことは到底出来ないけれど、清少納言の『姿勢』だけは、胸に留めておきたいと思う。