bouzuさんのブログ
Amebaでブログを始めよう!
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>

最近、お坊さんとして考えたこと

以前、北海道・東北・新潟・長野・そしてこの関東近郊の青年僧侶の研修会が東京で開催された時でした。



開催前日、東京では珍しいぐらい雪が積もりました。開催自体が危ぶまれた中、他の地域の方々は当日続々と集まってこられました。


地元の私たちは、足下の悪い中、ようこそようこそと喜んでお迎えしたのですが、他地域の参加者の方々は不思議な様子でした?


その時やっと気がついたのですが、我々関東地方のもの達以外の参加者はもともと雪が多い地方の方たちばかりでした。



それこそ一日に3メートル雪が積もることもあるという地域の友人に言われたことは、我々には雪に対する「備え」があるんだよ。雪掻き用の除雪器具・生活用品・それこそ歩き方まで。だから、この程度の雪は日常ですと言われました。



雪ということへの「備え」のあるなしによって、こうも違ってくるのかとびっくりしたのと同時に「備え」の大切さを再確認しました。




しかし、この「備え」にはできる問題と、できない問題があります。






今東北を中心に東日本中が地震による脅威に脅かされています。私たち人間の想像をはるかに超えた自然の猛威には、そして眼前の「いのち」の問題には、「備え」をしきれる事はないのだと思い知らされました。



しかし、その現実を先に見抜いてくださった阿弥陀様は、私のこの「いのち」の問題を解決せずにおれないと願い続けてくださっています。


「備え」ができない私たちの為に、仏様はいてくれます。


宗教は、存在します。



「死」「別れ」に仏となるという意味を与えてくださることにより、決して「備える」ことができない「いのち」の問題を解決してくださる。




それによって、この生を悔いなきように生き、大切な人と過ごす時を心残りなきよう向き合っていかねばならぬことを教えていただけます。



私たちは、日常生活を考えると「限定」という言葉に弱いです。




「限定」「あとわずか」などといわれると、とてつもなく価値があるように思ってしまいます。



でも、実は私たちの「いのち」こそが、大切な人と過ごす「当たり前のひととき」こそが「限定」でした。



否が応でも、そういうことを学ばざるおえないこの時、だからこそ、「生きる」ことの意味、「出会い」の意味

を問うタイミングなんだと思います。



この未曾有の困難のなかだからこそ、この一瞬の生(せい)を精一杯生き抜くことを大切していきたいです。




師走

師走


ふだん暇そうに見える、お坊さんですら、忙しそうになる季節。


まあ、そこまで普段も暇ではなかったのですが、今月は特にバタバタしてました。


今日は大晦日!



年越しそば



食べられました?



夜7時に予約した、そばが到着したのは八時半。


そば屋さんは戦場と化していたそうです。



正月早々に。


年越しそば
いつ食べる?



について書きたいと思います。

等価交換

痛みを伴わない教訓には意義がない




人は何かの犠牲なしに何も得る事などできないのだから




しかし、それを乗り越え

自分のものにした時・・・



人は何にも代えがたい
鋼の心を手に入れるだろう







鋼の錬金術師というマンガの最終回の言葉です。



このマンガを初めて読んだのは、ちょうど大失恋してボロボロだった頃でした。


このマンガに出てくる言葉の


等価交換


何かを得る為には

何かを失う




この言葉は、その当時の自分にとても衝撃を与えてくれました。



対価が必要となる



望むものを手に入れる為には、がんばればいい



そうシンプルに生きてきた自分に、



本当に手に入れたかったものが、手に入らなかったとき、どうすればいいか



そう問いを持たされた言葉が等価交換でした。



本当に手に入れたかったもの

それを手に入れる為の対価が自分になかった



自分が、その人に大切に思ってもらえる魅力という対価がなかったんだ。



そう考えるようになりました。




そんな中、別の本にのっていた言葉で、




他人の心 と 自分の過去は変えることができない。

しかし


自分と、その未来は変えることができる




と、いう言葉がありました。




前向いて生きるしかないな。



少し、心が強くなれた気がしました。





大失恋の慰めになってくれた


鋼の錬金術師


とうとう終わってしまいました。



寂しいなあ。
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>