奥嵯峨・化野「念仏寺」を再訪しました。
毎年8月23日と24日の「地蔵盆」の夕刻に催される、
「千灯供養」(千灯会)の見物が目的なんですが…
物見遊山の観光客の身としては、
この行事の由縁を聞くだに…
(詳細はここで申し上げることはしませんが…)
こうして野次馬的にカメラを掲げている行為が罰当たりの所業と思え…
辺りを見回せば、
そんな同じ所業の連中が芋の子を洗うが如くあちこちに…
ただ、この行事自体が観光対象となり洗練化されていますし、
壮絶な過去の経緯と言っても、平安や鎌倉の時代のものですから…
もう「怨」とか「恨」とかの懊悩は「浄化」されていると思いたいのですが…
毎年この時期になると這い出してくるとされる、
彷徨える無縁仏の霊を供養するものですから…
矢張り神妙にしておこうと緊張します。
けれども、私の子供時代は…
故郷の秋祭りの夕べに、氏神様の神社への参道にズラリと手作り灯篭が並ぶ様を眺めては、
心が騒ぎ、眠られない夜を過ごした経験を重ねたものですから、
夕闇の頃、境内に灯る灯篭のある光景には、
矢張り心がウキウキするのです。

石像は8000体はあると称われています。
その一つずつに蝋燭を灯して回る訳ですから、
「千灯」より「万灯」に近いのかも知れませんね。

私も1本お供えいたしました。
一度夕食のため退場してから再度お参りしたので、
もう1本お供えさせて頂きました。

小さなサイズのものですから、
何度もラウンドする必要があるようですね。
