100歳以上のご老人の行方知れずが次々と公表され、社会問題化しています。
この騒動は、お隣の韓国でも報道されており~
目上の立場を尊重する儒教のお国柄にとっては、理解し難い現象に違いありません。
世界一の高齢化社会にも拘らず、平均世帯員は約2.5人と云う我が国の現実は、
「家族分裂」社会だと言うしかありません。
事実、私とて、親には盆暮れにしか顔を合わせることがないんです。
その親に何かあったとしたら…
…直ぐ判るんですね。我が一族の場合は。
隣に親の姉・妹家族が生活していて、一日に何度も行き来しており、
昼寝していても勝手に家に上がり込んで、冷蔵庫の中身を持ち出したり、持ち込んだり…
一時は炊事の手間省きのため、食事は3家族全員でやってたりしていました。最大人数11名でした。
この他にも本家一族が北九州の小倉におり、祖父母を筆頭にして総勢で40名は下りません。
ですから、5年前に母親が夜中に階段を踏み外して転落し両手首を骨折した際も、
叔母が直ぐ発見し、大事に至らずに済んだのです(骨折ですからやっぱり大事ですけど)。

(我が一族の事はどうでもいいんですが)
上述の事件は、日本各地で発表されていますが、
沖縄では皆無です。
何年か前に、お祝いのための訪問で死亡届を怠り年金を詐取していたのが発覚した~
とか云う事件が発生していますが、
これは、「行方」は判明しているケースですね。
沖縄は、「門中」と云う一族意識の非常に根強い習慣が残っている土地柄ですから、
一族の誰かに何かが起きた時には~
良い意味でも、悪い意味でも、直ぐに発見できるセーフティネットの機能が充実しているのです。
離婚しても、生計が破綻しても~
一族が目敏く心配してくれて(放っておいて欲しい場合もあるんでしょうけど)、何らかのサポートをしてくれるとか、そんな話を聞いたことがあります。
それでも、那覇とかの街中では、
ご老人の孤独死とかもあるそうですから、
それを「社会問題」として単純に片付けるのはちょっと安易です。
本人の心掛けも要因だと言っては残酷ですが、
老後は~
出来るだけ沢山の人達と関わり合える生活を送りたいものです。