「京太郎」一考察 | 「沖縄病」の楽しみ方…?

「沖縄病」の楽しみ方…?

空港に降り立った途端に味わうまったりとした空気感が好き…
「また来たよ…」とついニヤリとしてしまう…
先日戻ったばかりなのにもう次の訪沖のことを考えている…
そんなあなたの症状を改善? 助長? いたしましょうかね~

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(「沖縄のお葬式」から続く)


そして、ここでやっと登場するのがあの「チョンダラー(京太郎)」です。
「京太郎」とは、「京からやって来た人」と云う意味ですが、
沖縄の明治初期の時代には、首里の安仁屋村と云う地域にその集団が本土から移住し住み着いていたとの記録があります。
この集団は、傀儡師(人形師)などの芸能を生業としていましたが、その他、葬列に参加して太鼓や鉦を打ち鳴らしたり、念仏歌を唱えたり~
死体処理を手掛けていたそうです。

民族学者折口信夫は、著書「沖縄採訪手帖」(1921)の中で、
「琉球には、特殊部落とてはない。唯、念仏者を特殊扱ひするだけで、皮屋も屠児も嫌はない。」
と記述しています(不適切な言葉がありますが、文献からの引用ですのでご容赦下さい)。
「チョンダラー」は、今でこそエイサーには欠かせないポピュラーな存在ですが、その歴史は複雑ではあるものの比較的短いのです。

ここで注意したいのが、「チョンダラー」と遺族や周囲の人々との関り方です。
沖縄の霊媒師である「ユタ」もそうですが(池上永一の「テンペスト」の中で、遺族から袋叩きに遭う「真牛」のシーンがありますが)、人々からは特別視されてはいるのですが、その存在は何故か(歴史が浅いからなのか、沖縄の風土からなのか…)屈託なく、親しみを感じさせるのです。
エイサーの行列に必ず登場する「チョンダラー」は、パフォーマンスの重要な盛上げ役ですし、集団のマネージャ的存在でもあります。
また、「泡瀬京太郎」は県の無形民俗重要文化財の指定を受けるほどの沖縄を代表する芸能の一つです。


話が長くなってしまいましたが~
私がここで言いたいのは、「死者に関る諸行為に対する『穢れ』観が薄い」、と云うことです。

沖縄に5日以上連続して滞在したことのない私が偉そうに言及するのも何ですが、
沖縄の人々の「死生観」を、その一部でも垣間見ることは~
本土の人々が長い歴史の中で忘れてきた(忌避してきた)大切なことについて見つめ直させる…
そうしたよい機会になるのではないか~
などとつらつら考えているのです。



(既出)

HP「沖縄の話をしよう!」へ(http://2nd.geocities.jp/lmeg_mamo0821/)