技巧派がんばれ | 行け! 武蔵小山撞球隊

行け! 武蔵小山撞球隊

長年性懲りもなくビリヤードをつづけてきたおじさんが、
なんだかんだといい加減なことを綴ります。



私は未熟者でした。
世の中、上には上がいると思い知らされたのです。

「歩きスマホをしてみたい。」
3週間ほど前に、私は携帯ショップの店員に訴えてあこがれのスマホを手に入れたのです。
歩きスマホは「デキる男」の代名詞ですからね(^_^)v


ところが、ニュースをみた私は愕然としました。



なんと! 
時代は「チャリスマホ」だった!

ああ、そんな離れ業があろうとは・・・
歩きスマホは、もはや子供の技であった。
私なんか「座りスマホ」すらまともにできないってのに。


・・・負けた


それにしても「チャリスマホ」とはすげーな、おい。



まるっきり中国雑技団ではないか!


球の話でも始めましょうか。

すこし前に「おっさんは技巧派を目指そう」と書いたのですが、技巧派には技巧派の悩みがあるようです。
私の考える技巧派とは、精密なタッチといいますか細かい手球コントロールを武器にして戦うイメージで、それは立派な戦い方だと思うのですが、どうも本人にしてみますと本格派に対する劣等感のようなものがあるらしい。

じつは私が応援する技巧派がちょっとしたスランプなのです。
彼の戦いぶりを見ていますと精密なタッチはもちろんですが、囲碁でいう「大局観」、ゴルフでいう「コースマネージメント」がすばらしく、私はいつも感服しています。
でも、それでは納得できないらしいんですな。

私としては、彼を応援する意味でそのあたりを少し書いてみようと思います。
まあ、彼が当ブログを読んでいるのかどうか知りませんけれど。



技巧派のことを書く前に、まずは本格派のお話です。
私の年代で本格派といえば、その筆頭株は蔵之前さんでしょう。
彼には「蔵之前伝説」というのがあって、それは彼の桁違いのパワーを伝えるものばかりですが、中には本当かウソかわからないような内容のものもあり、長年私がウソだと思っていた話がじつは本当だったり、逆に本当だと思っていたのがただの冗談だったりしたのですが、その中から少しだけご紹介します。

『蔵之前伝説その1』
14-1のラックを引き球で貫通した。



つまりこういう事です。

私は当然ウソだと思っていました。
まあ試しに一度やってみてください。



14-1のラックを押し球で貫通できる人は、私が知っているだけでも何人かおられます。
でも、引き球はとんでもないですよ。
私も挑戦してみましたけど、球が何個かコロコロ転がるだけで、かたまりはビクともしません。
「こんなのできる訳ないじゃん。ウソに決まっとる。」

ところがここに有力な目撃証言があったのです。
「その話は本当だ。オレは目の前で見た。」
その証言者は、この球を食らった被害者本人でした。


『蔵之前伝説その2』
フットの球から引いて短クッションのまん中に入れた。



それ・・・こういう事?



一応書いておきますと、フットの球から引いてサイドを越えたらかなりの引きだと思います。
これだけ引けたら、どこの球屋に行っても「引き球講習会」を開催できるでしょうね、きっと。

それがアンタ。
短クッションのまん中だと言うではありませんか。
本当かウソか、ではなくて、そんな球が物理的に可能なのか?
そう思っていました。



こういう事だったそうです。
アーティスティック風にいうと「Vラインドロー」ですね。
なお、この球に関する質問は受け付けておりませんのであしからず。


『蔵之前伝説その3』
バンクをやったらクッションが外れて落ちた。

最初に結論を申し上げますと、これはウソです。
ある時、プロ数人でパワー自慢をしていたそうです。
ほら、よくあるでしょ。
ブレイクで6個入った、とか、遠い球を引いて縦バタさせた、とか。
そのときに冗談を言ったそうなんです。
「オレな。バンクの練習していたらクッションが外れてガタンと落ちよった。びっくりしたで。」

私がすごいと思うのは、その場にいたプロ数人がこの話を信じたことです。
彼らがこの話をあちこちで吹聴したのが、やがて私の耳にも入ってきたわけですから。
まあ、球の衝撃でクッションが外れるなんてのは聞いたこともありませんが、
「蔵之前だったら本当かもしれん。」
そう思ったんでしょうね。



私も信じていました。



おやおや、長くなってしまいました。
本日の記事は「蔵之前伝説」の検証が目的ではありませんでしたね。



さて一方の技巧派ですが、中島啓二の事でも書いてみましょうか。

啓二は、私が今までに知っている中でも指折りの技巧派でした。
子供のころから英才教育を受けて、5点制の四つ球で3万点撞いたことがあったそうです。
3万点。
想像できますか?
以前計算してみたのですが、3万点撞くには赤赤のセリーを続けても15時間以上かかります。



この局面で15番を入れるとすれば、ポケット選手でしたらまずはコンビを狙うと思います。



それを啓二は手球で行きました。
これはある全国大会の準決勝だったそうで、そんな大事な試合でこの球を使ったところをみると、キャノンの厚みには絶対の自信を持っていたのでしょう。



もうひとつ、私が何度も泣かされた球をご紹介します。
これはセーフティーしかなさそうですけど、皆さんはどうされますか?



啓二は極極極薄に8番をペロっと舐めましたが、呆れたことに8番はユラリと揺れただけでほとんど動きませんでした。



蔵之前さんのことを最初に私に教えてくれたのは啓二でした。
彼は滅多に他人の球を褒めない男でしたが、蔵之前さんの球は絶賛するのです。
「これは強い。ちょっと理解できん球を撞く。」

その頃の私は広島から大阪に出てきたばかりで、典型的な「入れるだけのB級」。
球の知識がおそろしく貧弱だったものですから、強い選手がいると聞くとどんな球を撞くのか見たくて仕方ない時期だったのです。
「ふーむ、そんなに強いのか。じゃ、行ってくる。その蔵之前という人はどこの店にいるんだ?」
ところが、啓二の返事は意外なものでした。
「兄ちゃん。蔵之前のところには行くな。」

これは、私にとっては本当に意外でした。
「行くな、とはどういう事だ? 負けたらカネを置いて帰ってくればいいんだろ?」
それに対して、啓二は不思議な事を言ったのです。
「そういう問題ではない。兄ちゃんにはわからん。」
「蔵之前の球を見たら、自分の球がものすごくセコい、と言うか、みすぼらしく思えてくる。一生かかってもできない球を目の前で見せられたら、コツコツ練習するのがイヤになってくるぞ。オレは兄ちゃんにはずっと球を続けて欲しいから、蔵之前のところには行くな。」
そして最後にポツンと呟いたのです。
「オレも最初、そう思うたんや。」



啓二がどんな考えでいたのか今となってはわかる気もするしわからない気もしますが、私はこの時の光景、「京阪ビリヤード」の店内で啓二が私の左側に座っていた事や注文していた出前が途中で届いた事までも妙に鮮明に覚えていて、今でも本格派とか技巧派とかの話になるといつもこの時の事を思い出します。
しかもこの数年後に啓二は他界しましたので、「蔵之前のところには行くな。」というのが何やら彼の遺言のように思えたりしたものですから、私が蔵之前さんと初めて対戦したのはずいぶん後になってからのことです。



意外な後日談があります。
数年前のことですが、蔵之前さんと昔話に花が咲いた折に啓二の話題になったのです。
その時の蔵之前さんの一言。

「啓二は強かった。ああいうのを天才というんやろな。」

啓二がこの場にいたらどんな顔をしただろう。
あの1オクターブ高い声でケタケタ笑っただろうか。
私はそんなことを思ったのです。