行け! 武蔵小山撞球隊

行け! 武蔵小山撞球隊

長年性懲りもなくビリヤードをつづけてきたおじさんが、
なんだかんだといい加減なことを綴ります。

 

相変わらず歩きまくっています。

 

 

先日京橋方面にヤボ用で出かけた帰りに、キューも持たずにふらりと「みやこ」に寄ってみました。

もし田中忍Pがヒマそうにしていたら、囲碁でも打とうかなという魂胆です。

 

 

店に入ってしばらく世間話をしていると、若いアミーゴが一人で来て練習を始めたのです。

黙々と練習する姿を遠目に見ていたのですが、

「よーし。久しぶりにナインボールでもやってみるか。」

田中Pにキューを借りて、対戦が始まりました。

 

 

ところが・・・

 

 

B級だというのでハンデを出して、最初のうちは気楽にやっていたのが、このB級君はよく入れるのでなかなか苦しい。

最後はセーフティーを駆使してなんとかごまかしましたが、対戦成績は負け越してしまったのです。

 

 

左の帽子をかぶっているのが恐怖のB級草野君。

「試合とか出てるの?」と聞いたら、意外な返事が返ってきたのです。

 

 

彼によると、試合はほんのたまにBC戦に出るけれど、ほとんど勝ったことがなくて優勝は一度もない。

悔しいので上手になりたくて一人で練習している。

 

との事でした。

 

 

 

えええっ!!

 

 

なんということだ。

彼は高名なB級ではなくて、弱いB級だったのです。

関東に最弱B級を名乗る男がいて、彼との対戦成績は300勝5敗くらいなんですけど一体どうなってんだ?

 

 

 

じつは私、ナインボールというゲームが全く好きではない。

東京14-1倶楽部を作ったときも、

「ナインボールばかりやってたら馬鹿になるぞ。」

これがメンバーを勧誘する際の殺し文句だったのです。

 

 

昭和20年のある日。

連合国軍最高司令官マッカーサーは、部下を招集した。

「日本を占領したのはいいが、どうも日本人というのは勤勉でいかん。今は服従しておるが、いつかまた歯向かってくるかも知れん。」

「日本人をパープーにするいい手はないかいの?」

彼は占領政策の将来に不安を抱えていたのでした。

 

すると一人の将校が言いました。

「オラの村にナインボールという遊びがあって、これをやっとるヤツは揃いもそろってアホばっかりじゃ。ほいじゃけんこのナインボールを日本で流行らすのはどうでっしゃろ?」

 

 

マッカーサーは大喜びしました。

「それは名案じゃ。すぐに取り掛かれ。」ひらめき電球

 

こうして日本にある4つ球の台に穴をあけてポケット台を作り、そこら中にばらまいて「はうすとーなめんと」を開催したのです。

効果はテキメン。

数年のうちに日本はパープーだらけになりました。

 

 

これが悪名高い

 

GHQの愚民化政策

 

なのです。

 

 

 

 

さて・・・

弱いB級君と名勝負を演じてしまったわけですが、これで発奮してA級を目指してみようかな、とは少しも思いません。

だって私、40年前からA級なのです。

えっ?

真のA級をめざせ、ですって?

 

けっ!

そんなアホらしい努力を誰がするかいっ!

 

 

地味な練習をせずにデカい顔をできる方法はないものか。

いろいろ考えていたら、「みやこ」には14-1プレイヤーが2人いたのです。

これに草野君と私が加われば、14-1研究会ができるぞ。

 

というわけで、毎週土曜日の16時から練習会をするみたいなので、おヒマな方はぜひどうぞ。

会場は京橋の「みやこ」です。

 

 

なお3Cですが、大阪に来てからちっとも当たらなくなってしまいました。

原因を考えていますが、どうもよくわからん。

江戸と大阪ではオゾン層の状態が違うのかも知れません。

「年内に20点になる」という今年の目標に暗雲が垂れ込めております。