京都の夏は暑い。


とにかく、暑い。盆地なので蒸し暑いんやと良く聞くが、確かに太陽を浴びながらサウナに入っているような気分かも (゚ー゚;


その夏の京都の風物詩に、8月16日に行なわれる大文字の送り火という行事がある。私が生まれ育った家は鴨川に架かる二条大橋のそばにあったのだが、二階の物干しから大文字が良く見えた。


「お母ちゃん、大文字に火が点いたで~」

「そうか、拝んどき」

「は~い」


都が置かれた京都では華麗な文化が育まれる一方、権力を求める他国の人々に攻め入られ、度々戦禍を被ることになった。京都の人は面従腹背だと形容されたりするが、多分、そういう歴史的な背景があってのことだと思う。京都を会社に例えれば、しょっちゅう社長が交代し、その度に出世したり左遷されたり解雇されたりという影響を受けたのだろう。


しかし、何と言っても「京の都」・・・・町は文化の香りや美を極める芸術に溢れ、貴族から庶民に至るまで都の栄華を味わい、結果として、人々は深~い煩悩に目覚め、悩まされることになったのではないか。私の煩悩も、美味しい食事、美しい女性、速い車、贅沢な空間、そういう存在を知ってから始まったような気がする。


京都盆地に溜まった相当量の煩悩を追い払うための壮大な供養と送り火・・・・それが大文字の送り火かも。


ボルネオ7番のブログ-五重塔

冬の京都を書いてきたので、ついでに春の京都も記しておこうと思う。



実家の近くを疎水が流れていた。


疎水とは、琵琶湖の水を京都に引くために人工的に造られた水路だが、その両側に植えられた桜が見事だった。満開の桜から、風に煽られた花びらが吹雪のように散っていく・・・・。うっとりと眺めていたのを思い出す。


ボルネオ7番のブログ-sakura
(これは千葉の桜です)



大学を卒業し、京都を離れてから、渡辺淳一の「桜の樹の下で」を読んだ。

舞台は京都、老舗料亭の女将が主人公だ。渡辺淳一さんは、満開で美しいだけやと我々が思っている桜に女将を重ね、少しずつ、少しずつ、女の情念や妖艶な女将の姿を桜にかぶせて行く。やがて、桜に色気を通り越した狂気や危うさが漂い始める・・・・。


それまで、「今年もキレイやなぁ♪」と酔っ払って上機嫌の花見客と一緒になって眺めていた桜だが、以後、京都で見る桜には何かしら狂気のようなものを感じるようになってしまった。そう言えば、何故か京都には「魔物」とか「狂気」という言葉が似合う。京都には何かが棲んでいるのかも知れない。この「棲む」という字も、「住む」よりずっと京都には似合うなぁ・・・笑。


ねねの道を経て、二年坂へ。

大正3年創業の「かさぎ屋」は竹下夢二も訪れた京都ぜんざいのお店。


ボルネオ7番のブログ-二年坂


清水寺への参道に抜ける三年坂。

石段と歩幅が合わなくて、駆け上がってしまった。坂の途中でドッグレッグしていて、思ったより長かった(汗)


ボルネオ7番のブログ-三年坂


冬の清水寺。

クレーンもない時代に良く造れたと思う。


ボルネオ7番のブログ-清水寺


清水の舞台から飛び降りる・・・のは危ないので、階下をめるだけにした。

十分に怖い。


ボルネオ7番のブログ-舞台から下を眺める


(続く)