冬の京都を書いてきたので、ついでに春の京都も記しておこうと思う。



実家の近くを疎水が流れていた。


疎水とは、琵琶湖の水を京都に引くために人工的に造られた水路だが、その両側に植えられた桜が見事だった。満開の桜から、風に煽られた花びらが吹雪のように散っていく・・・・。うっとりと眺めていたのを思い出す。


ボルネオ7番のブログ-sakura
(これは千葉の桜です)



大学を卒業し、京都を離れてから、渡辺淳一の「桜の樹の下で」を読んだ。

舞台は京都、老舗料亭の女将が主人公だ。渡辺淳一さんは、満開で美しいだけやと我々が思っている桜に女将を重ね、少しずつ、少しずつ、女の情念や妖艶な女将の姿を桜にかぶせて行く。やがて、桜に色気を通り越した狂気や危うさが漂い始める・・・・。


それまで、「今年もキレイやなぁ♪」と酔っ払って上機嫌の花見客と一緒になって眺めていた桜だが、以後、京都で見る桜には何かしら狂気のようなものを感じるようになってしまった。そう言えば、何故か京都には「魔物」とか「狂気」という言葉が似合う。京都には何かが棲んでいるのかも知れない。この「棲む」という字も、「住む」よりずっと京都には似合うなぁ・・・笑。