次女の家族とグアムに行ってきた。4年振りの訪問だったが、新型コロナによる旅行者の減少で、この3年間、観光業を主力とするグアム経済は大きな打撃を受けたらしい。ホテルのプールや海岸には多くの観光客がいたが、ショッピングモールやDFSは4年前に比べると明らかに人が少なく、空き店舗や売り場の縮小も目に付いた。皆さん旅行は再開しても、案外、財布の紐は固いのだろう。

 

 
グアムではセール商品を探すのが楽しみだが、円安になった分、4年前より高く感じた。それでも、スポーツソックス10足、ショートパンツ2点、スイミングパンツとポロシャツを各1点、小売価格の合計220ドルがセールで約半分の115ドルになったのには少し考えさせられた。その価格でも全て売り切れるとは思えない商品が売場に残っていたからだ。観光業だけではなく、小売業も変化を求められているのかなと思った。
 
 
ホテルに引き揚げてくると、ちょうど太陽が沈むところだった。美しい海と空、ダイナミックに色を変えて行く夕暮れは4年前と全く同じで、この景色は来年も再来年も変わって欲しくないと思った。
 
世の中はこれからも変化を続けるし、それに合わせて私たちも変化を心掛けるべきだと思うが、この雄大な自然や、人と人をつなぐ愛情や信頼はきちんと手入れし、大事にしないといけないように思う。ついでに、孫たちと長く遊べるよう、体力も維持するぞ。

先週の土曜日、中学時代の恩師、BT先生のお墓参りをしてきた。



同志社中学1年E組を担任されたBT先生は当時25才、東京生まれの東京育ち、大学を卒業され、同志社中学校に赴任されたばかりの青年教師だった。スラリとした長身に優しい笑顔で私たちの前に現れるや、きれいな標準語で話し始められたから、「めっちゃカッコええ先生や!」と私は中学校生活の初日に新鮮で強烈な印象を与えられることとなった。

 

(最前列中央がBT先生。最後列右から3番目が私)

 

ご健在なら今年、80才の傘寿を迎えておられた筈のBT先生だが、29年前、51才の若さで亡くなられた。その報せを聞いたときは暫く信じることができなかった。


亡くなられる4年前、たまたま京都でラグビー試合に出場した私はアキレス腱を切断し、京都の病院で手術を受け、そのまま入院していたのだが、そんな私を先生が見舞ってくださった。誰にもラグビー試合のことは話していなかったから、今もBT先生がどうやって私の入院を知られたのかは分からない。ただ、そのときは先生の登場を全く不思議に思わず、30分ほど歓談し、再会を約して別れた。それが最後の面談になってしまったが、私が困ったときには必ずBT先生が現れ、相談に乗ってくださる・・・そういう確信のようなものがあったから、先生の登場を不思議に思わなかったのだろう。



そんなBT先生を慕う教え子たちが、何年も前からご命日に近い日にお墓参りをされていた。先生の奥さまで、同志社中学で数学を教えておられたBY先生から誘われ、去年から私も参加している。皆さん、私とは年代が異なるが、BT先生を語るとき、皆さん「信頼」という言葉を使われる。先生から信頼することの大切さ、信頼されることの重みを教えて頂いたのだろう。今、生きておられたら、どんなにか話が弾んだろうに、と思う。

蕾だった芍薬が花開いた。



「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」という言葉がある。この「立てば芍薬」は「すらりと伸びた茎の先端に華麗な花を咲かせる芍薬は、まるで美しい女性が立っているようだ」という意味らしい。



誰でも花に例えてもらえる訳ではないし、私を花に例えてくれる人は先ず出てこないだろうから、この際、自分で花に例えてやろうと思い立ったが、そもそも花に詳しくないから花の名前が出てこない。悪戦苦闘の末、できたのがこれ(⬇️)

「立てば使われ、座れば叱られ、歩く姿は40代」

電車の中で席を譲られることなどないよう元気でいたいし、元気に見えるよう心掛けたい、という決意表明になってしまった(笑)