京都に帰省した。


同大ラグビー部OB会の会合に出席するためだが、5時に京都着、6時から会議に出席、8時半に中座させてもらい、9時前の新幹線に飛び乗って東京に戻るという慌しい午後になった。


オトナになり、少し心優しくなられた先輩方から

「とんぼ返りか。ご苦労はん!」

と声を掛けて頂いたが、中身の濃い会合で、とんぼ返りした甲斐があったと思う。


ところで帰宅後、なんで「とんぼ返り」と言うんだろうと調べてみたら、「とんぼが飛びながら、軽く身をひるがえして後ろへ戻るところから、とんぼ返りというようになった」と書いてあるではないか。


飛びながら・・・・軽く身をひるがえして・・・・だから、とんぼ返り。慌しい日帰りでヨレヨレになり、帰りの新幹線ではシートに身をうずめ、爆睡してしまった私など、安易に「とんぼ返り」などとは言ってはいけないのであった。深く反省(笑)


ボルネオ7番のブログ-京都タワー
京都タワー。確かロウソクをイメージしたタワーだとか。



2009年の高橋書店発行「日めくりカレンダー」にあった言葉、


「20代のあんただって、90才のじーさんだって、明日はいつも初めて」


その通りだと思う。90才の経験豊かな老人になったとしても、明日は初めて迎える未知の日だ。しかし、年齢に甘え、好奇心を失うと、やがて「いつものような明日」しか迎えられず、ますます野性を失うような気がする。


ならば、「初めてのチャレンジ」や「初めての出会い」、「初めて訪れる場所」を積極的に予定し、必ず初めてのことが何かある明日を迎えるのはどうだろう。この好奇心も野性の一部のような気がするのだ。


ボルネオ7番のブログ-陽だまりの猫


手帳に中国のことわざがメモされていた。


一時間 幸せになりたければ 酒を飲みなさい。

三日間 幸せになりたければ 結婚しなさい。

八日間 幸せになりたければ 豚を殺して食べなさい。

一生 幸せになりたければ 釣りを覚えなさい。


ことわざは真理や教訓のエッセンスを短く伝えるものだ。だから極端に書かれているのは仕方ないにしても、「八日間」と「一生」の差は大きい。どこが違うのか。


ひょっとすると、「他力本願」と「自力本願」の差かなと思う。釣りの経験はないが、その日の天気や温度、海釣りなら潮の流れや波の状態で、思い通りの成果を上げられないときも多いだろう。そういうときにはどうするのか。場所を変えたり一休みしたり、自分で変化を起こすしかないのだろう。それでもダメなときはどうするのか。最早、自分で自分の心を癒すしかないだろう。


釣り人を思い浮かべると、「一人で生きていく静かな決意」とでも言うのだろうか、自分で自分の人生は面倒を見るぞという覚悟のようなものを感じる。これも「野性」ではないか。


ボルネオ7番のブログ-夏の空
(代々木公園から空を眺める)