今年は日独交流150周年に当たるそうだ。

それを記念する音楽会が大久保の淀橋教会で催され、知人に勧められるまま鑑賞に出掛けた。


ボルネオ7番のブログ-バッハの世界


プログラムを見ると、ドイツから来日中の室内合奏団が「ブランデンブルグ協奏曲第3番ト長調」、「管弦楽組曲第2番ロ短調」、「チェンバロ協奏曲第3番ニ長調」を演奏すると書いてある。あっちゃ~、聞いたことのない曲ばっかりやなぁ、と残念がっていたら、ところどころ記憶にあるメロディーが出てきた。さすがバッハ。あちらこちらで演奏されたり放送され、知らず知らずの内に耳に親しんでいるのだろう。


プログラムにはバッハの略歴も記されていた。ええっ、と思ったのは、バッハには20人の子供がいたという事実だ。最初の夫人との間に7人、その夫人と死別し、再婚した相手との間に13名。しかし、その半分を幼くして亡くし、自分の無力を嘆いたのだという。バッハは弟子以外には批判的なことを一切言わなかったらしいが、愛情深いだけではなく、とても謙虚な人柄だったのだろう。


そのバッハが残した言葉。

「私は懸命に働かねばならなかった。私と同じように懸命に働く人間は成功するだろう」


バッハのような誰もが認める「才能の塊」が才能には触れず、懸命に働く意義を説く。キャッチャーの手が痺れる150キロの剛速球という感じ。私は耳が痺れた(*_*)

29回目の結婚記念日を迎えた。

私の人生はラグビー抜きでは語れないが、妻との初めてのデートも「国立競技場」だった。


1979年9月24日(祝)、来日中のケンブリッジ大学と日本代表が戦った。同級生の矢島鉄朗(トヨタ自動車)がCTBで出場しており、「親友が出場する。一緒に応援して欲しい」と妻を誘った。しかしゲームの結果は全く覚えてないので、矢島の応援よりデートが目的だったことは明らかだ。矢島、ダシに使ってごめんね(笑)


ボルネオ7番のブログ-初デート


結婚式は母校のチャペルで挙げた。

式次第を皆さんに配ることになったのだが、表紙のイラストは自分で描くことにた。地面にひざまずき、妻に花束を差し出して求愛する構図は「ウケ狙い」で描いたものだが、結局、この力関係がその後29年間続くことになった(笑)


ボルネオ7番のブログ-結婚式案内


昨夜は娘たちがお祝いをしてくれた。

「女」を三つ書いて「姦しい(かしましい)」というが、娘が三人揃うとこれを実感できる。とにかく会話が途切れない。ラグビーに例えると、両軍反則がなく、ボールがタッチラインを切ることもなく延々とプレーが続く状態だ。女性恐るべし(笑)


ボルネオ7番のブログ-お祝いのケーキ


結婚するとき、妻に一つだけお願いした。

「子供の前で、僕の悪口を言うのは止めて欲しい」

妻はそれを守ってくれた。


感謝の気持を込め、妻に花を贈った。

あの・・・今後の口止め料も入ってるから、忘れないでね('-^*)/


ボルネオ7番のブログ-box flower arrangement

再開ゴルフ第2弾のコースに出た。

前半58、後半65、合計123。

パーが1つ、ボギーが4つ、11叩いたホールが2つ。

ゴルフは簡単ではなかった。


自分の力不足を棚に上げ、「ゴルフはスポーツなんかとちゃう(違う)」と言い放ってきたが、これは大きな間違いだった。何たって結果がハッキリ数字で出る。クラブを振り上げ、振り下ろすのは骨格とそれを支える筋肉だ。足場の微妙な高低を感じるのはセンスだろうし、一連の動きにはリズム感が必要だ。その上、感情を抑えたり、恐怖心を克服したりという精神力も大事だろう。


ゴルフの神様、失礼しました!


心を入れ替えて練習します。

それでも下手なら・・・更に練習します(^O^)/